モテても恋人いない人、モテなくてもいる人

ろくに面識のない色々な人から、たびたび結婚を申し込まれていたお友だちがいた。
これを無差別モテ、略してMMと呼ぶことにする。
「あなたは恋愛対象じゃない」と前置きしてくる異性にいつもとりまかれている友人もいる。
これを冷やかされモテ、略してHMと呼ぶことにする。*1
 
無差別モテ、冷やかされモテの人たちはいずれも自分がモテると思っていない。
MM型は「自分を好きになる人は勘違いをしているので、自分がモテたわけじゃない」と思っている。
HM型は「自分は性愛対象外だと思われているのでモテていない」と思っている。
しょっちゅう憎からず思われていながら両者とも恋人がいない期間が長い。
それでどうしたらモテるようになれるかと真剣に悩んでいた。
 
わたしには妹が二人いる。
上の妹は目を引く容姿で文句なくモテる。
下の妹はけして容姿に恵まれた方ではないが愛嬌があり、彼氏はいて当たり前であった。
膝付きあわせて話したことはないが、二人は自分がモテることを自認していると思う。
このようなモテ自認を持つ人をMJ、モテ自覚型とする。
 
妹らは特に大きな問題がなければ恋人がいるのは当たり前だと思っている。
だから好意を持たれてもそれ自体で驚いたりありがたがったりしない。
またモテること自体は当たり前だから自慢する理由ではない。
その中で嫌なことがあれば辟易とし、良いことがあれば嬉しがる。
 
さて、よく考えてみると上の妹はMM型MJで、下の妹はHM型MJだ。
同じMM、HM型として似たような好意を寄せられているはずの人たちが
なぜ自分をモテると思ったり、モテないと思ったりするのだろう。
 
恐らくMM型MJの上の妹は「自分には自分をよく知らない人にもわかる魅力がある」と思っていると思う。
HM型MJの下の妹は「そばにいて不愉快ではないから人が集まってくる、自分には魅力がある」と思っていると思う。
そうして寄ってきた人たちの中にいいなと思う人がいれば距離を縮め
合わない相手とは距離を空けて、付き合う人を決める。
付き合ってからも人並みに一喜一憂がある。喧嘩もするし別れもする。大泣きしていることもあった。
別れたらいい出会いを求める。そしてそういう出会いはそれなりにある。
 
モテ自覚のない友だちと妹たちの違いは、自分から距離の調節をするかどうかかなと思う。
出会いがないと言う人たちによく会うんだけれど
モテ自覚のない人たちの言う「出会いがない」は「最適化された出会いがない」だ。
世の中には文字通り本当に出会いがないという人がいる。
「本当に自分は文字通り出会いがない」
という人でも、話をよく聞くと身近にいる相手をどんどん圏外に置いていたりする。*2
 
モテ講座というのがよく雑誌やwebで話題になるけれど
モテ戦略って自分をHM型かMM型にカスタマイズする方法なんじゃないかなと思う。
それは撒き餌みたいな、広告みたいなもので、勝負は人が集まってきてから。
モテるというのはいっぱい集まってくるということで
集まってくる数が多ければ選択肢が増える。
「モテてどうするんだ。大変じゃないか」と常々思ってきたけれど
モテたいというのは最適化された人が集まってくる可能性を上げたいということなのかな。
 
でもパートナーを見つけるのが上手な人というのは
ぴったりの人が集まってくるわけじゃなく
集まってきた人、あるいは集めたい人との距離を調整するのが上手な人なんじゃないかな。
 
12色より120色の色鉛筆の方がすばらしい絵が描けるような気はしても
実際いい絵が描けるかどうかは描きたいものがあるかどうかだ。
パートナー関係も出会いが多いか少ないかで明暗がわかれるわけではないと思う。
出会いが少なくてもストライクゾーンを広げ、関係を育んでいいパートナー関係を得る人はいる。
独房にいながら隣の房の囚人と子どもを作った囚人の話を思い出す。kutabirehateko.hateblo.jp
d.hatena.ne.jp


 

*1:いわゆる圏外モテ。

*2:一般的にモテる人はストライクゾーンが広く、非モテ自認の強い人はNGが多い。これは職探しにも言える。