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圏外への深情け

ゲイの男性とデートしたけど自分は偽善者だと思ったを読んで思い出したこと。
 
母の教育とカトリック幼稚園の読み物の影響で「困っている人の力になろう」という気持ちの強い子供だった。
中学生のときは夏休みに福祉体験を申し込んだり、ボランティアや募金活動に熱心に参加した。
 
あるとき高校で手話を使う耳の聞こえない人に会った。
わたしは福祉体験で学んだ手話を少しだけ覚えていて、それを使って話しかけてみた。
語彙が少ないので後半は筆談になったけれど、話しかけたことをとても喜ばれた。
うれしかった。
 
それから数か月後、身振り手振りで周囲に何か訴えかけている男性を駅で見かけた。
通り過ぎる人たちは鬱陶しそうに手を振ったり、目を合わせないようにしたりしている。
耳の聞こえない人だと思った。
わたしはメモ帳に「どうしましたか?」と書いて近づいてみた。
 
その男性は少し驚いて耳を指さし、口をぱくぱくさせた。
もう一度メモを見せると男性はベンチに座り、わたしにも座るよう手真似をした。
それから男性はわたしのペンをとり、メモに「何才?」と書いた。
ちょっとおかしな気がした。話しが通じていないのか。
ふたたび「どうしましたか?」を指でとんとんと叩いて見せたけれど、男性も「何才?」を叩く。
「17」と書くと男性はうなづき、「がんばってね」と書いた。
話しができてうれしいのかな、と思って曖昧に微笑んだ。肩が近い。
男性は笑顔で右手を差し出した。握手をしよう。
 
わたしは男性の手を握りたくなかった。なんだか怖くなってきて、話しかけたことを後悔した。
でもここで嫌がったら、男性は耳が聞こえないから差別されたと思うかもしれない。
以前福祉体験で車いす利用者の女性の背中に手が触れて、反射的に引っ込めたことがあった。
女性には気付かれなかったと思うけれど、わたしは自分の中の差別意識を嫌悪して凹んだ。
ああいうのはいけないことだと思った。自分はそういう人じゃないと思っていたのに。
 
そのときの後悔と反省もあり、不快な気持ちを隠して男性と握手をした。
すると男性は握った手に力を込め、わたしの手に頬ずりをした。怖気が走った。
わたしは首を振り、なんとかやめてもらおうとしたが相手は知らんふりでうっとりしている。
そのとき「駄目だ!」と大きな声がした。
 
顔を上げるとベンチの前に中年のサラリーマンが立っていた。
わたしが顔を上げたことで気付いたのか、それとも怒鳴り声が聞こえたのか、男性は顔を上げた。
男性は最初わたしにやったように自分の耳を指さし、口をぱくぱくさせたがサラリーマンはひるまなかった。
「駄目だ。そういうのは駄目なんだ」
断固とした口調でじっと男性を睨むサラリーマン。その瞬間手が緩んだ。
わたしは急いで手をふりほどいて泣きそうな気持で立ち上がった。
そしてサラリーマンに頭を下げ、急いでホームの先へ逃げた。
 
数年後、ルポライターの女性に出会って障碍を持つ犯罪者の話を聞いた。
団地で仲良しの少女が出来た知的障碍を持つ成人男性がいた。
少女が転居してから男性はとても寂しがり、同じ団地の幼い少女たちを屋上へ連れ出すようになった。
そして嫌がる少女たちの性器にリップクリームを塗り、問題になった。
「寂しいんだ、障碍があるからしていることがわからないんだ、って言った人たちがいたけど、違うの。
寂しいだけならリップなんか塗らない。それははっきり性欲だし、咎められると分かっているから屋上へ連れ出していたのよ」
とその人は言った。わたしは駅での出来事を思い出して話してみた。その人は頷いて
「そう。同じよ。若い女の子の手を握ろうとするただの男よ。同情することないのよ」。
 
マイノリティだからという理由で性愛から排除されるのは明らかな人権侵害だ。
でもマイノリティだからという理由で性愛を受け入れるべきだという考えもおかしい。
 
知的身体的障碍を持つ知人の息子さんを抱きしめて愛情表現をする知人がいた。
息子さんはとてもうれしそうだった。それでわたしも挨拶をするとき彼の肩に手をかけてみた。
まもなく彼はわたしを見つけると照れて収拾がつかないくらい大騒ぎをするようになった。
彼は年齢的には同世代、十代の男性だった。
母親と同世代のおばちゃんのハグと同世代女子のボディタッチじゃ意味が違って当たり前だ。
わたしは彼を勝手に圏外に置いて舐めていたと思う。
 
「マイ・レフトフット」という映画で脳性麻痺の主人公がふられる場面がある。
彼をそでにした少女は彼になんら憐れみをかけなかった。
拒絶したらかわいそうとか、本人もまさか受け入れられると思っているはずがないとか、そんな風に圏外に置いていなかった。
 
性的、身体的マイノリティに限らず、年齢差や所得、学歴や社会的地位の違いから
人を性愛の圏外に置くのはときにとても失礼だ。
圏内の相手にはけしてしないような度を越えた親密さ、深情けをかけないのは当然の礼儀だと思う。
そう思うようになったのは既婚40代で圏外扱いされるようになったからというのは大きいんだけれども
逆に圏外のふりして手を握って頬ずりするような真似もしないようでありたい。
 
だから初対面のゲイの男性を自宅に上げなかったのは偽善じゃないと思う。
本物の偽善者は自宅に友人知人を招いてからその人を呼んで、自分を褒め称えただろう。
そして二度と家に上げない理由を「あなたのためにならないから」と言ったと思う。

kutabirehateko.hateblo.jp
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