Birthday Googleロゴ

今朝PCを起動したら、Googleロゴがこれだった。

キャプチャできないんだけど、マウスポインタを重ねたら

「kutabirehateko さん、お誕生日おめでとう!」

とメッセージが表示された。ありがとう!Google

 

昨日はもちおとJUNKU堂へ行って、絵本を買ってもらった。

ここ数年「仕事の役に立つかどうか」を基準に本や服や小物を選んでいた。

昨日も少し迷っていた仕事関係のものを買ってもらおうかと思った。

でもそれだったら自分で買って経費にすればいいのよね。

というか、それをプレゼントしてもらうことの喜びがわいてこなかった。

 

書店ビルをぐるぐる上がっていったら絵本と画集と児童書の階に来た。

そこでいろいろな本を手にとって眺めていたら、とても豊かな気持ちになった。

そして、昔は誕生日と言えば絵本や児童書を買ってもらえる日でもあったと思い出した。

おもちゃと本を買ってもらえる日。

去年はりかちゃん人形が無性にほしくなった。でもいらないじゃん。だから買わなかった。

ところがそれがなんだかひっかかって、後日結局なんでもない日に買った。

そしてやっぱりかわいがってやれなくて、知人の娘にあげた。

 

もちおにもらった絵本は字がない絵本で、移民をテーマにした重くシリアスな話。

3年前に雑誌で見かけて、その雑誌をここ数年何度も読み返して眺めていた。

こういう話だったのか。

 

絵本、美術書フロアをぶらぶらして、実用性のないものって心癒されるんだなと思った。

実用性のあるもの、ありそうなものを見ているときって緊張している。

もっとそうであるべきの、ならなければならない生活を思って緊張するのだと思う。

この一年、仕事の不安を埋めるため、薄めるための「実用品」をだいぶ買った。

それで腕が上がったり技術を学んだりもして、お客様に喜ばれもした。

でも不安ってなくならない。はてしない。

またそういう「実用品」の中には

それを持つことで、さらに新たなものを持つ必要を掻き立てるものもある。

お金、貯まらない。貯まらないと不安になる。悪循環。(向上心に繋がるのか?)

 

絵本てけっこう高い。買うかどうか迷ってる仕事の本といい勝負の絵本、けっこうある。

子供のころ、親元でバイトしてたころはお金が入ると本を買った。

CDも買ったし、遊びにも行った。

実用性なんてろくに考えなかった。

額にして数千円、多くても数万円で夢のような買い物が出来た。

いまはあのときより自由になるお金があるはずなのに、そういう豊かな感じがしない。

「モモ」の時間泥棒の話みたいに、お金もキリキリ使うと余裕がなくなるのかもしれない。

 

仕事にいつも持っていくぬいぐるみがある。

これを買うとき、それはそれは迷った。だって実用性がない。

そして目のついたものは要らなくなったとき処分するのがものすごくキツイ。

一生めんどう見られるの?!と何度も考えた。手作り品で自分にはいいお値段だったし。

そのぶん「実用品」に充てたほうがいいんじゃないの?

でも結局買った。そしてこれを眺めるたび、とてもほっとして、なんだか勇気が出る。

結果的にだけど、お客様にも好評。人気者。

 

母は子らのテレビ視聴を一日一時間しか許さなかった。

その代わり寝る支度が済むと、一人一冊絵本を読んでくれた。

母の周りに兄弟そろって寝そべって、順番に本を読んでもらうのはとても楽しかった。

JUNKU堂にはその昔読んでもらった絵本もたくさんあった。

よく考えたら、わたしは「実用品」より、あのころ読んでもらった本を土台に生きている。

いまでもあの絵本の数々を通して世の中を眺め、自分を見ている。

絵本て実用品なのかも。

 もっと実用性があいまいではっきりしないものや時間に投資しようと思った。

 

ということで、そのあとブコフでどどどっと楽しむためだけの本を買った。

まあ、「実用品」もちょっと買った。

 

あと友人からCDもらった。

 

 

実家とは疎遠なまま。

いまいろいろ書いたけど、誕生日に書くこともないと思ったのでやめる。