ポパイ・ザ・グレートハズ

昔つきあっていた男性が、あるときわたしの手を取って「これがなければ完璧なんだけどな」と言ったことがあった。わたしの手の甲には小さなホクロがある。

 

雨の夕方、夫の靴を買いにアウトレットショップに行った。

ファクトリーアウトレットを扱う靴屋を見つけ、何足か出してもらう。夫が試しているあいだ店内をぶらぶらしていたら、そこここにイタリア製と書いてあった。

 

イタリアとな。

 

わたしの足はたいそう細く、親指と中指で包んだ輪に入るほどしかない。ワイズは2A。*1しかも軟らかく甲が低い。こんにゃく足というそうで、靴に押し込んだ形に変形しやすい。そして縦に長い。25.5㎝ある。

女性の靴は24.5㎝を超えるとぐっと品数が減る。そしてワイズが細い靴はどこにもない。文字通り東京中の特注を謳う靴屋さんを当ってよくわかった。仕方がないので何にでもpumaのレザースニーカーを合わせて履いている。

 

でもイタリアにはあるんですよ、細くて長い靴が。

ベネトンが作っていたパンプスはすばらしかった。消えるとわかっていたらまとめて買っておけばよかった。Cole Haanには今も細めの靴がちょっとある。でもここの靴は靴底が薄すぎて歩くと裸足感がキツい。気軽に買えるお値段でもない。

 

イタリア直輸入、ファクトリーアウトレットとな。

 

ダメ元で聞いてみたところ、何かの手違いで入れてしまった細くて長い靴が数足あった。履ける人が見つからないそうで、元値の半分以下の値段になっていた。ただしブーツとサンダルだった。

6月にスエードのブーツ。

試しに履いて鏡の前に立つと、夫が目を輝かせて言った。

「いいね!似合うね!それ履いてるとかっこいい!買いなよ!」

確かに形のいい靴だった。さすがイタリア。甲から足首にかけて着物の衿のように幅広のゴムがぐるりと足首を包む形になっており、履きやすい。何よりサイズが驚くほどぴったりだった。

でも日ごろヒールを履かないので、しばらく店内を歩いていたら足指が痛くなってきた。こんな時いつもパフュームの苦労に思いを馳せる。でも夫が熱いまなざしで絶賛してくるので誇らしい気分だ。元宝塚男役の遼河 はるひさんのように大股でカツカツ歩きたくなる。ちょっと痛いけどがんばろうという気持ちになる。

結局買った。

 

車に戻る間、夫は「脚が長くてかっこいい」「並んで歩くと誇らしい」と興奮気味であった。こういう時「夫はたいした男だな」と思う。

夫の身長は168㎝、わたしの身長は174㎝で、ブーツの踵は7㎝だった。夫は大物だ。

 

--------※ここから先は別のエントリーに分けて書けばよかった。--------

 

夫のグレートぶりは、自分より背の高い女性に意味不明な罵詈雑言嫌味当て擦りを言ってくる男性がどれほどいるのかご存知ない方には、お分かりいただけないかもしれない。

 

背が高いというのはわたしの特徴で、それはホクロのように目立つ。わたしは生まれた時から臍の上5㎝ほどのところに小さなホクロがある。まるで誰かが狙って描いた秘密の印のようで、ふだん人目に触れることはないけれどちょっと自慢だ。レーザーで取りたいと思ったりしたことは一度もない。

 

背が伸び始めたとき、父はスーパーモデルやハリウッド女優を引き合いに出し、すらりと丈の高い女性の美しさをわたしに何度も話して聞かせた。「だから絶対に猫背になるな」と父は言った。猫背の女はみっともない。姿勢のよさは美の基本だ。

これを真に受けたわたしは背が1ミリ伸びるたびにいい気分だった。中学を卒業するころには170㎝を超えたけれど、ステージモデルが173㎝と聞いてもっとがんばろうと思った。

世間の見方が父とは違うと気付いたのはその数年後、東京に出てきたころだ。どこへ行ってもじろじろ見られる。名前を聞かれるより身長を聞かれる回数の方が多い。自分より背の低い女性が、踵の低い靴でうつむき気味に背中を丸めている理由がだんだん分かってきた。背が高いことは女性にとってハンディだと思っている人は少なくない。

 

女性の平均身長が伸びてきたここ数年ですらそうだ。

出会ったその日にさんざん身長をネタにした揚句、我慢の限界を超えたわたしに「背が高いことはいいことだ。気にしなくていいと思う」と諭すように言った人。誇りに思っていることをネタにされたら怒るに決まっている。なに言ってんだ。

つい先日も「自分の肉をあげます、代わりに背骨をいくつかもらってあげますよ」と鷹揚な笑顔で申し出た人がいた。「なんでわたしの背骨をあげなきゃなんないの?!」と驚くわたしに、その男性は狼狽しながら「体重を増やして背が低くなりたいだろうと思って」と言った。以前他人同然の人から「お金出してあげるから豊胸すれば」と言われたことを思い出した。なんでおまえの好みに合わせて人体改造しなきゃなんないんだよ。

背骨欲しがり氏はまた「自分は背が高いのであなたの身長を気にしません」という意味のことを何度も言ってきた。夫が見ているところで人妻に何を言ってんだ、この人。こっちはそれが気になるわ。

「自分は気にしない、だからあなたも自分の身長を気にしないで」と言ってくる人を見ると、人種偏見を描いたコメディ映画を思い出す。黒人に成りすまして奨学金を狙う白人の若者に「私は人種にこだわりがないの!」とアピールして寝たがる白人女性が出てきた。あれみたいだ。

 

夫はわたしが自分より背が高いことを知ったとき「ああ、俺、今から背のびねえかな」と言った。

親族の結婚式に出るためのドレスを着て見せた時「なぜだろう、いつもよりきれいに見える・・・そうか、ヒールを履いているからだ!」と言った。

 「この身長差だと寄り添って胸に頬を寄せることはできないね」と言ったら「じゃあお姫様抱っこをしてあげるよ!」と即答した。オリーブを抱き上げるポパイみたいに。

 

同情にせよ、やっかみにせよ、人の身体を自分の好みに合わないからと変えようとしたり、腐したり、はたまた憐れんで受け入れてあげるアピールされてうれしいわけがない。でもこういう人は本当に多い。たぶん恋人に健康上の理由からではなく太れとか痩せろとか言っている人も相当数いるだろうと思う。*2

自分より低身長の男性が嫌だという女性も多い。わたしはそれにまったく共感できない。わたしの萎えポイントはそういうところにない。第一そこで区切っていたら好きになれる人が激減する。

ちなみに夫の頭頂部は年々薄くなっている。暑さ寒さが厳しそうだと思うけれど、わたしの方は特に困らない。なので毛量で交際相手を限定する人にも共感できない。

わたしは自分の体が好きだから、わたしの体に難癖つける人に共感できない。夫もわたしの体が好きだ。好みが合って本当によかった。こういう人と出会えてよかった。

以上ハイクに書くと長文すぎる惚気でした。

 

p.s. 冒頭の手の甲のホクロを疎んだ男性とは1ヵ月で別れた。

*1:近年靴のワイズ標準は広くなる傾向にある。20年前の標準ワイズはCだったが、最近の標準靴のワイズはDだ。そしてわたしのワイズはAA。Dから逆にC、B、と細くなってA、AA。2E、3Eがあるように世の中には2A、3Aというサイズがある。

*2:痩せすぎでガン保険加入を断られたので夫はわたしに太ってほしがっている。