マイルストーンと流星群

気負っちゃってブログがなかなか書けない。

 

先日仕事で一週間の来客数と売上の新記録を出した。これまでの仕事の成績で考えると「調子が良ければ二ヵ月で稼げるかな」という額を一週間で稼いだことになる。絶対に間違っていないはずなんだけれど、わたしは算数LD疑いなのでいまだに売上額が信じられない。何かの間違いじゃないかと思う。振込があるのはまだまだ先なので本当に計算通りの額が振り込まれるのか不安になる。

 

この仕事を始めたのは311震災の年。求人の少ない地方に移転しても路頭に迷わないように、自分で出来る仕事をしたいと思ったのがきっかけ。書くと長くなるので詳細は省くけれど、わたしは911テロの年以来寝たり起きたりの暮らしをしていた。でも311以降は余震効果でアドレナリンがどばどば出ていたのかけっこう動けたので、まず職業訓練校に入ってみた。そして通勤と蛍光灯の下でのデスクワークに耐えかねて一ヵ月で退学した。通勤電車と蛍光灯から逃れることは出来ないと思ったので「もう勤めに出ることは出来ないんだ」と、かなり落ち込んだ。

 

でもその後ふと、現在やっている変な仕事を思い出した。パソコンとちょっとした道具さえあれば、会社と契約して自宅で一人で出来る。完全歩合制だけど、集客やお金のやりとりは会社が全部やってくれる。あれいい。あれやってみよう。そして今の仕事に就いた。

 

会社と契約を結んで数日後、出先で職業を聞かれた。いつも主婦と答えてきたけれど、そのときは仕事名を伝えた。変な仕事なので驚かれ、そして感心された。じゃあいろいろよくご存知なんでしょうね、と言われた。仕事が出来るくらいの知識はかろうじてあったけれど、当時は素人同然だった。それで自分が無理な大見得を張ったように感じて、なんだか疚しかった。本を見ながらケーキを焼いてパティシエを名乗っているような疚しさ。

 

これまで色々な仕事をしてきたけれど、他ではこういう疚しさを感じたことはあまりない。アニメの背景の仕事をしていたときは疚しかった。「しています」と言えるほど仕事が出来ていなかったからだ。ゲーム制作会社のこともちょっと疚しい。偶然の成り行きでそこにいただけで、していると言えるほどのことは出来ていなかった。

 

今回の仕事は一週間だった。最終日の翌日週一契約の別の仕事もあり、その翌日は自宅で別の会社と契約している仕事があった。つまりかなりハードだった。311から3年、わたしは少しずつ丈夫になって、駅まで自転車に乗り、仕事道具を入れた6kgのキャリーケースを転がして階段を上り下りし、連日8時間ぶっ通しでお客様をお迎えすることができるほど元気になった。奇跡みたいだ。

 

今回の仕事は楽しかった。楽しくて楽しくて、本当に毎日幸せだった。振り込まれる予定の収入を考えるとお客様が多いのはもちろんうれしい。でももっと嬉しかったのは、今回やっと「この仕事をしています」と名乗れるレベルに届いたという手ごたえを感じられたことだった。

 

独学で始めて独りでやっているので、この仕事には上司も師匠もいない。契約先はあるけれど、よほど大きな問題を起こさない限り仕事ぶりについては何も言われない。それは楽でもあるけれど、誰かに仕事を評価してほしいと時々切実に思う。自分よりこの仕事に明るい人から、自分の理解や知識について何らかの示唆をもらえたら、誰かに質問して答えてもらえたらと思うことが何度もあった。でも幸か不幸かそういう人と巡り合うことはなく、わたしはひたすら資料に頭を突っ込んで、お客さまとのやりとりを思い出しながら勉強を続けてきた。これでいいのか、お金をいただけるだけの仕事が出来ているのかといつも悩んでいた。

 

五里霧中、暗中模索でこの変な仕事を続けてきたけれど、これまで分からなかったいくつかの問題の答えが、今回の仕事中にいきなり理解できた。なんていうか、何度練習しても出なかったキーで楽々歌えるようになったような、ピースが揃わなかったパズルの絵柄が突然わかったような、「ユリイカ!」「ウォーター!」みたいな瞬間が流星群みたいにやってきた。そして「自分はもう素人じゃないんだ」という実感がわき、この道で仕事が出来る、と確信出来た。

それがものすごくうれしかった。接客スキルと笑顔と話術だけじゃなく、仕事上の技術と知識で人さまのご要望にお応えできるところまで来られた。無駄じゃなかった、辞めなくてよかったと思った。

 

お客様が晴れ晴れとした笑顔でお帰りになると嬉しかった。仕事の能力に自信がなかったときは、お客さまの笑顔のまぶしさと内心の疚しさが比例していた。ゲームやアニメの仕事をしていたときと同じように「業界の末席に座らせていただいているけれど、肩書を名乗れるほどの仕事ぶりだろうか」と思っていたから。

 

今回得た額を誰かに無償で頂いたとしたら、これほどうれしくなかったと思う。このお金はわたしがお客様に自分が身に着けた能力を提供して、対価としていただいたのだと思うととてもうれしい。賞金みたいだ。また次の里程標までがんばって歩こうと思う。