「この先、ジャンクションです」

今週ずっと風邪で寝込んでいる。久々に熱が出た。咳も出て血尿も出て腹筋が痛い。しかし今日は面接だと寝込む前から決まっていたので、なんとか行ってきた。

余裕を持って出られるはずだったのに、頭が回らないので出かける寸前にいくつかどんでん返しがあり、間に合わなくなりそうだった。

 

今日面接していただく会社は、私が今の仕事を始めたとき密かに目標にしていた会社だ。私が尊敬するある人が所属している会社で、こういうところで採用されるくらいになれたらいいなと思っていた。地元に支部があることを聞いてからはときどき求人が出ていないかチェックしていたけれど、当たったためしがない。

ところが、先日仕事のブログの方にメッセージをくれた人がいた。仕事のブログはカウンターもなく、コメント欄も空だしブクマもつかない。知り合い以外で読んでいる人がいたことにまず驚いた。その人がたまたま先の会社の支部で働いていた。「へえ、そちらで働いてみたいと思っていたんですよ」と話したら「新規で始まる仕事がある」と教えてくださり、募集前だけど内密に面接ということになったのだった。

 

ということで、今回の面接はぜひ受かりたい。でもそんなところに採用していただいて仕事を果たせるのか不安もある。この不安が曲者だ。私は成功できそうな機会を前にすると、クイズミリオネアの挑戦者のような気持ちになる。ここで降りた方が大失敗と挫折を経験せずにすむんじゃないか、と思う。それは最初から挑戦せずに「何の成果も出せないやつ」という慣れた結果を味わうよりも怖い。

 

これまでこういう大小さまざまな「望む人生に繋がりそうな機会」を前に、なんだかよくわからない失敗をして、土俵を上がる前に試合を降りたことが何度もある。なんとなく、それは賭け金が大きくなる前に試合を降りることで、身の安全を守ったんじゃないかと思っていた。「なんだ、たいしたことなかったな」と思われたくなくて期待されない側に回る。「やったらすごいだろうな」と思われるところで止めておく。勝負しない。わざとじゃないんだけど、変なアクシデントが続いてそういう結果になったことも少なくない。

 

でも今日は「しあわせになって成功しよう」と思った。

こういうのって、SFの、未来が書き換わる瞬間のようだ。見えないところでフラグが立って、かちゃんかちゃんと未来が違う世界に繋がる。家を出るタイミング、靴を履くタイミング、信号が変わるタイミング。小さなところでアクシデントが続く。でもそっちに乗らないで、今回は成功する方へ行こうと思った。

 

ぜんぶ上手く行かなくていい。ずっとよくなる方へ行こうと思った。

電車もバスも間に合いそうになかったけれど、思い切って愛チャリで駅まで行った。この辺りは自転車の盗難が頻繁に起きるので、自転車は部屋に入れており、ふだん自転車で出かける時は長時間目を離さない。でも自転車で行けば間に合うんだから自転車で行く。これまでのいつもの人生、間に合わない人生側にない選択肢で駅まで行った。

 

そして時間通りに約束の場所についた。履歴書の志望動機欄に私が心の師とあがめる方のお名前を書いておいたのだけれど、面接担当の方はその方のマネージャーさんだった。びっくり。その方の仕事に対する姿勢について色々なお話をお聞きすることが出来て、励みになった。変な仕事はほんとうにいろんな人がいる。独学で始めた自分はいつも仕事に対する姿勢で悩むことばかりだ。今日お聞きしたお話は、この先10年20年先の目標になった。相槌を打ったりうなづいたり感心したりしていたら、あれこれ書類を渡され後日郵送するよう指示された。採用されたみたいだ。

 

体調はふるわず、熱で朦朧としながら、ゲンセンカンの女房のようにギョホギョホ咳をしながら小雨が降るなか自転車で帰ってきた。

成功しようと思った。成功する。失敗するけど成功する。

ぜんぶはうまくいかないけど、どんどんよくなる。

そっちの人生に掛けて見ようと思う。

失敗しない人生でも、ぜんぶうまくいく人生でもなくて

失敗しても成功する人生、ぜんぶうまくいかないけどどんどんよくなる人生。

 

はてダを久々に書いたらブクマが伸びてうれしかったけど、おなじみの不安も感じた。

でもそれも同じことだと思う。書かないで失敗しないより、書いて誰か喜んでくれる方にしようと思った。

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