ムツゴロウ王国と赤すいか黄すいか

子供の頃は近所によく野良犬や捨て犬がいた。
 
子犬ちゃんかわいー飼いたいお願いしますお願い一生のお願いとそのたび親に頼み込んだ。で、飼ってると外から野良犬が入ってまた妊娠するんだよね。それで避妊手術を受けさせよう、という話になるんだけど、わたしはそれがとても残酷に思えて嫌だった。人間の都合で最愛のわんこが子犬を産み育てる能力を奪ってしまうなんて酷い。
 
「じゃあどうするの!」って叱られるんだけど、そのとき頭の中では
「いっぱい子犬を産んで、飼い主を探せばいい」
「探して見つからなかったらうちで飼えばいい」
「そしてたくさん増えたらムツゴロウさんの動物王国みたいになって・・・」
と子どもらしいお花畑がどこまでも広がっていたのだった。だいたい小さいころは首輪やリードをつけることすらかわいそうだと思っていた。アフリカで暮らせよ。
 
でも「そんなことしたらあっという間に野犬村になるだろ!」と理解できるいまでも動物の避妊・去勢手術は抵抗がある。それでペットを飼わないところもある。
 
大島弓子の「赤すいか黄すいか」という漫画にPMSが酷くてうんざりしてる子が出てくる。
あんまりひどいので「おかあさん、私の卵巣取っちゃったらどうかな。お隣の犬みたいに」
というようなことを母親にふともちかけてみる。お母さん動転。そんなことしたら孫子が抱けない、そもそも命とは!と慌てふためきながら説教するお母さん。
 
それは書かれてからだいぶ経ったあとで単行本に収録されているのを読んだんだけど
「生理痛は病気ではないから明るく過ごせ」
性教育の教科書に書かれていたような時代に、生理痛対策に卵巣切除という発想は仰天だっただろうと思う。でもその子も犬の避妊手術をみてそういう発想に至ったんだよね。そして別に命を軽視したわけじゃなく目の前の問題を既知の手段で解決できないかと考えたんだよね。
 
こういうケースはたぶんそうないと思うけど、ジェンダーの問題から結果的に避妊・去勢に至る人はいる。そういうときやっぱり周囲は慌てふためいて道徳や宗教を説きたくなるんじゃないかな。でも結論のための論拠になる気がする。そして「そもそもそういう手術が認められているのが不味い、認可しないようにしましょう」と思ったりする。「子どもに避妊法を教え避妊具が手に入るようにすると性関係に走る。そもそも知識があるのがまずいから教えるな」という話と似てる。
 
でもわたしたちは避妊する手段を、生殖器や性器にメスを入れて望む結果を得る技術も手にしてしまった。昔はこうじゃなかったから昔に戻そうっていうのは得策じゃないと思う。
 
「昔は貧乏子だくさんでも幸せだった、父親は外で働いて母親は家で子育てをした」。
こういう時代の背景にはセックスしたら即妊娠、女性には拒否権がほとんどなかったという事実がある。選択肢が増えた現代にその方法で子どもを増やそうっていうのは難しいと思うよ。
 
「子どもがいっぱいいるのは楽しいよ」っていうのは「子犬がコロコロしてるのは楽しいよ」みたいだ。そりゃ見てるのは楽しいよ。
 
でも子犬を抱っこして撫でたあと引き取ってくれる人ってなかなかいないんだよね。
 

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