雨だれ的なお門違い発言

昨日の話の続き。
 
「自分は聞かれても嫌じゃなかった。受け流せばいい」
と書いている人がいて、この人想像力ないなーと思った。
 
自分がされて嫌なことはしないというのは
自分がされて嫌じゃないことはしてもいいってことじゃないし
自分がされて嫌じゃなかったことをされて怒る人は変だってわけじゃないよね。
 
まあ罵詈雑言暴言クラスでも受け流せばいいという人はいるので驚くには当らないけれど
ちょっとしたことでも地道に言い続けられるとすごいダメージくらうことはある。滴の拷問。
「おまえは誰だ」
って鏡に向かって言ってると精神が崩壊するみたいに。
 
 
小学校とか中学校とかでさ。
 
「ねえねえ、すきなひといる?」
「え?」
「いるの?いないの?いるよね、だれだれ?!」
「うーん・・・」
「すきなひといないってさびしくない?ちょっとがんばったほうがいいよ?」
「ふーん・・・」
「だいじなことだよ?」
「うるさいなー。そういう話したくないよ。どうでもいいでしょ」
「どうでもいいってどういうこと?!ちゃんと考えた方がいいよ?」
「もうやめてよ、いやだって言ってるじゃん」
 
「どうしたの?」
「すきなひといる?って聞いただけだよ」
「そのことで話したくないって言ってるでしょ」
「まあまあ、そう怒んないで。親切で言ってくれてるんだしさ」
「そうだよ。いないならいないって言えばいいじゃん」
「だからそういう話はしたくない」
「なに怒ってんの?感じ悪い。勝手に悪く取ってさ、おかしいよ」
「まあ、いないって言わないんだからほんとはいるってことだよ」
「ほんとにやめてほしいんだけど。勝手に決めないで!」
 
「こんなことで怒るのがおかしいよね?」
「うん、自分は聞かれても別に腹は立たないなー。ちょっと神経質じゃない?」
「聞かれて嫌な人もいるよ」
「なにそれ、普通はみんな嫌だっていうの?こっちを否定してるってわかってる?」
「なんか被害妄想すごいね。かわいそう」
「余裕がないんだよ。すきなひとがいないから。ほんとはほしいくせに」
 
というように、人のプライバシーに粘着した揚句思い通りにならない相手を非難したり
相手が感情を害しているのが気に入らず人格攻撃しだしたりってあるじゃないですか。
これって大人になってもずっとあるよね。例の記事への反響がまんまこんな感じだった。
 
妊娠出産のリミットをさして親しくもない人に警告するのはアリだと思ってる人は
やっぱりこの問題を災害に対する危機管理と同じようにとらえているのだと思う。
だから言ってくれてありがたく思いなよとか言うのだろう。
「耳に痛いこと、聞きたくないことだとしても敢えて警告するべきだ」
とある種の使命感に燃えて、受け入れられないと恩知らずな子どものように言う。
 
被災地に住む人に簡単に移住しろとかするなとか言えないというのは
少しずつ日本の常識になりつつあると思う。
移住しない人が移住したくないとは限らないし
移住する人が移住したいと思っているとも限らない。
個々が自分と家族の命を懸けてぎりぎりのところで決定したかもしれない問題だ。
決定したことの責任は当人が負うしかない。
他人どころか身内だって簡単に意見できないようなことだ。
 
子どもを授かるかどうかって同じくらい重要なことだし
複雑な背景が絡む問題だよね。