子作りと「もっと勉強しておけばよかった」

甥姪が中学高校と進路を考える年齢になった。
かつて自分を取り巻いていた大人の気持ちが分かる気がする。
 
「将来のことをちゃんと考えろ」
「今から一生懸命やればどんな夢でも叶えられる」
「だから勉強しろ」
と色々な人からよく言われた。
 
いま甥姪を取り巻く親類縁者も同様で
甥姪の進路や将来の仕事について勝手にあれこれ考え意見したがる。
 
ところが子どもは面白くないことわからないことはやらないし、できない。
そうすると将来困るはずなんだけど、ここで勉強を見る親族はほとんどいない。
なぜなら親族の大半は子どもに負けず劣らず勉強が嫌いだからだ。
なので好きなものを取り上げたり脅したり物で釣ろうとしたりする。

 
子どものこと、ちゃんと考えたほうがいいよ」というのは
「将来のことをちゃんと考えなさい」と似ていると思った。
 
「ちゃんと考えたほうがいいよ」と言っている人の中には
自らの子育て経験を踏まえて「やー、体力勝負だわ。年取るとキツいわ」
と思っている人もいると思う。
 
でも、かなりの数の子育て未経験者と子育て後悔組もいるんじゃないかな。
「ちゃんと勉強しておかないと将来困る」と言っていた大人の中に
「もっと勉強しておけば今頃自分の人生はもっとましだった」
と思っていた人たちが大勢いたように。
 
勉強しろと言ってくる大人の大半は勉強が嫌いだった。
嫌いだから勉強の仕方も知らないし、教えることも出来ない。とめどなく説教はする。
そして「授業を真面目に聞け」「塾に行け」「家庭教師を頼め」とか重々しく言ってから
「自分の問題なんだぞ」
とか言う。反論するとめっさ怒られる。
 
「ちゃんと考えたほうがいい」という人たちもそれと似ていて
子どもを持つことにまつわるあれこれをどう解決していいのかは知らない。
そもそもどんな問題があるのか知らないことすらある。だから軽く考える。
「本を読め」「医者に行け」「セラピーを受けろ」とか言って
「自分の問題なんだぞ」
とか言う。反論すると人格攻撃してくる。
 
とにかく進学だけはしろ、学歴がないと大変だ。
とにかく早く産んでおけ、産めなくなったら大変だ。
 
最近仕事で出産を望む女性へのケアを学ぶ講座を受けたんだけど
そこに不妊治療を経て高齢出産した人がいた。
その人は講座の主催者の話を何度もさえぎって卵子の老化について語った。
 
わたしたちが仕事で会うことを想定する出産を望む人の中には
かなりの数の高齢出産組がいるはずなんだけど
その女性は高齢出産のリスクがどれほど高いかを恐ろしげに語り続けた。
 
そして息子に障害があるので将来娘は一生介護することになると言った。
「高齢出産するなら妊娠は断念すべきだ」と言ってるようなものだった。
「もちろん子どもは愛してるしかわいい。でも、」
もっと若いうちに産めばよかった産むべきだったとその人は何度も言った。
 
こういう人は事故や災害に対する危機管理と同じ感覚で
「子どものこと、ちゃんと考えたほうがいいよ」
と言うのだと思う。事故や災害で死にたいと思う人なんているわけがない。
障害のある子を持ちたいと思う人なんているわけがない。自分と同じように。
 
「ちゃんと考えてちょうどいい年齢で産んでいたらよかった」
という悔いを人に投影して、産むように、産まないように仄めかす人たち。
 
 「子どものこと、ちゃんと考えたほうがいいよ」
と言いながら自分の後悔を他人に払拭してほしいと思っているのはまずい。
そういう人はいまの自分が次世代を担う子どもたちに何が出来るか考えたらどうだ。
  
大人になってからも勉強はできるし進学もできる。
「子どもを持とうにも相手がいない」
という人は子どもを持つためにせっせと婚活をしたらいい。
「結婚して子どもがほしい」と周囲に話を通して紹介を頼んでみたらどうだ。
 
独身でも寄付や福祉の参加などさまざまな形で子どもの育成には携われるし
時には親類縁者や隣近所の子どもを預かって面倒を見ることだって出来る。
条件が許すなら里子を預かって育てることも出来る。
人様の人生設計に散発的なちょっかいを出すよりずっと建設的だ。
 
「それはいいことだけど、今の自分の生活にはちょっと」
「子どもを預かるなんて責任はとうてい負えない」
と思うなら、他人からこの種の問題でしつこく意見される気持ちを想像してみたらいい。
 
どんな気持ちですか。

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