愛する人のぞっとする様子と、ぞっとする様子の人への愛

祖父のことばっかり書いているけど、いいんだ。

ここはそういう長文をひっそり書くところだから。

 

祖父は自宅の風呂場を怖がっている。

自宅の浴室は床も浴槽も石で、壁には捕まるところがない。

そのうえ浴槽は角張っている。

ひとりで入浴して転倒したら大事になると祖父が心配するのは無理もない。

 

それで祖父は毎日濡れタオルで体を拭き、週二日通所施設で介助を受けて入浴していた。

ところが先月自宅で圧迫骨折して通所施設に通えなくなった。

 

祖父の部屋は二階にある。浴室のある階下に降りることは出来ないのだと家族は言った。

でも祖父が階下に降りられるようになっても祖父は入浴できなかった。

ただでさえ恐ろしい浴室に骨が折れたばかりの体で入るなんて無理だ。

 

父は祖父の入浴を介助しない。妻が介助するのも嫌がると継母ちゃんは言った。

確かに父が言いそうなことなんだけど、

だからといって家族は入浴介助のサービスを頼むこともなかった。

じゃあわたしが祖父を介助するよと申し出るとものすごく渋る。 

祖父は自分で入浴できるのだ、入浴するのが嫌いなのだと継母ちゃんは言う。

「おじいちゃまにお風呂入る?って聞いてもいい、って言うんだもの」

そりゃそう言うだろう。祖父は人の顔色や声音が読めない人ではない。

そして祖父は人の和を乱すことを何よりも恐れる。

 

祖父が圧迫骨折で自室に籠り、階下に出て行かなかったころ、祖父は臭かった。

わたしは悪臭に弱くて、最愛の祖父に嫌悪感を持つ自分が情けなかった。

 

祖父はきれい好きで、身繕いも部屋の様子もいつも本当にキチンとしている。

部屋の中はどこもこんまりが天国だと思うような状態だ。

自分の状態が誰よりいたたまれないのは祖父だったと思う。

 

わたしは濡れタオルで祖父の体をこすり、部屋に大きな漬物桶を持ってきて

湯を張り足を洗った。

祖父は全力で遠慮するのだけど、足湯が本当に好きで、湯に浸かると目を細める。

 

大丈夫、大丈夫。おじいちゃんは大丈夫だと日頃言っているのに

足湯をしたり爪を切ったり体を拭いたりすると

「誰にこんなことが頼めるかね」

と声をつまらせながら言った。

祖父の誕生日にわたしと夫と三人で温泉に行った。

夫と一緒の温泉を祖父は心から楽しんだ。祖父は風呂嫌いではけしてない。

自力でそれが出来なくなってこらえているのだ。

 

書いていたら泣けてきた。

父一家が目にしたら大騒ぎになるようなことをたくさん書いてしまったので消した。

それからなぜこんな状況なのか説明したい衝動に駆られていろいろ書いてまた消した。

 

最初に書きたいと思ったのは

わたしは祖父が清潔でないときに祖父を嫌悪するということと

そういう自分が嫌になるということ。

その状況が、愛する人が異形の者になったときに似てるなと思ったということ。

 

悪臭を放つ汚れた体の祖父を見る時

自分を守る力のないものが放置されているのを目にした衝撃を受ける。

垢だらけで汚れた服を着ている痩せた子どもから受けるような

不潔なベッドと不潔なパジャマと不潔な包帯に包まれた病人を見るような衝撃。

今すぐ何かしてあげなければと思わずにいられなくなる。

でも、世の中には愛している人のものなら

吐しゃ物でも排泄物でもフケでも目やにでも何ともないという人がいる。

わたしはまったくそうじゃない。

そうありたいと願いながら生理的な拒絶感を抑えきれない。

この嫌悪感を祖父が感じたらどんなに傷つくかと思う。

胸を突くような同情と嫌悪を一緒に感じる。

 

祖父の尊厳のためにも、わたしが自己愛を保つためにも祖父に清潔でいてほしい。

足湯と体を拭くだけでは不十分だ。何とかしたい。

 

でも同時に

魔法で熊になっちゃった母とかゾンビになっちゃった恋人とか

異形の者になった愛する人を恐怖し、嫌悪する気持ちは

その人を愛する気持ちを否定するものではないんだと覚えていたいと思う。

そこで葛藤してどっちか片方だけを感じるべきだと考えないようにしようと思う。

その状態を嫌悪するからこそ手を打とうとも思うこともあるもんね。