日常的なゾンビ化

魂と入れもののことを考えながら眠った。

今朝目が覚めてぼんやりしていたときにゾンビ映画が思い浮かんで「これだ」と思った。

人は何かをきっかけにそれまでと違う人になることがある。

でも肉体の気質的な問題で行動が変わるのは「あの人は変わってしまった」ではない。

 

それはたとえば自動車と運転手のようなもので

運転の仕方には運転手の運転技術や考え方がダイレクトに現れるけれど

自動車がトラブルを起こしているときはその限りではない、ということ。

 

道路状況を無視してハザードなしに割り込みをかけてくるのと

ハザードが壊れていて事前に通知できないのは同じじゃないし

急加速急発進カッコいい!と思ってい人の運転と

アクセルやブレーキがおかしいときの運転は同じじゃない。

車にトラブルがあるときの運転は運転手の意思を正確に反映しない。

運転手にマナーの大切さを説くのはお門違いだ。

 

祖父が病院で錯乱しているとハイクに書いたら

祖父と同様ある日突然譫妄状態になったお身内を持つ方々が

低血糖や低ナトリウム症の可能性を指摘してくださった。ハッとした。

祖父は嚥下困難で病院食をほとんど吐いてしまっていた。

それが三日も続けばその可能性は大いにあると思う。

父は精神薬を出されたのではないか、その副作用ではないかと考えている。

人は精神に作用する薬の影響で行動が変わることがあるのは事実だ。

 

ゾンビ映画でゾンビになることが決まった人が

ゾンビになる前に死を選ぶことがある。

自分の尊厳を保って死にたいと考える。

 

祖父は少し前に寝ぼけて夜出かけようとしたことがあった。

祖父はそれをとても気にして「頭がおかしくなった」と何度も言った。

「頭がおかしい人の施設があるから、そこに入ろうと思う」と。

祖父は自分が不可逆な気質的疾患で変貌すると考え家族の前から消えようと思っていた。

継母ちゃんは自分の仮説の裏付けが得られたせいか嬉々としていたけど

子どもだって寝ぼける。でもそれをしつこく肉体の劣化の証だと言ったりしない。

 

昨日病院で看護師が祖父を拘束する許可を求めてきた。

祖父は三人部屋でかなり大騒ぎしていたので無理もない。

でもその時の雰囲気にとても違和感を覚えた。

具体的に何をするのか聞いたとき看護士は

「隣の人に怪我させたりするかもしれない」

と言ってから、少し慌てて「暴力はないかもしれないけど」と付け加えた。

人というより飼い慣らせない大型動物を扱う話をしているようだった。

 一夜にして言動がおかしくなった原因に疑問を持っている様子がない。

わたしもどこかで「そういうものだとして現実を受け止めるのが正しい」

と思ってしまっていた。「高齢者だから脳も壊れるのは当たり前」だと。

様子がおかしいのは何かあったからじゃないかと考える父を

現実を否認しているのだとさえ思った。

 ハイカーの皆さんに問題の原因の可能性を指摘してもらうまで

 

これはフラフラ蛇行する車をちらっと見て

「古い車を高齢者が運転している。制御が出来ないんだろう」

と考えるようなものだ。危ない、迷惑だ、公道に出なければいいのに。

でももしかしたら自動車自体に問題が起きていて

運転手は正常で車の部品まだまだ使えて、修理すれば直るのかもしれないのだ。

病院とは本来そのための、肉体を修理するための場所だ。

 

一方12歳までの甥と13歳からの甥は別人だけど

甥の成長はいたって健全で申し分ない。

でも中には気質的な問題を成長期の問題と混同される人もいると思う。

中二病と統合失調は表面的に似ていることがあるかもしれないしね。

 

愛する人がゾンビになったり精神病になったり脳疾患を持ったりするとき

その人の魂を見失わないでいたい。

それは自分の幻想を壊したくなくて現実を否定するのとは違う。

現実を受け止めた上で戦うのが辛くなって

現実主義に見せかけた悲観主義に陥ることは、人生のいろんな局面にある。

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