おじいちゃまの受難

おじいちゃまが入院先で錯乱状態になっていた。

亡くなった祖母がそんな風に周りのことがわからなくなったとき悲しかった。

もうわたしが知っているおばあちゃまには会えない。目の前に生きているのに。

 

祖父は二年前の脳梗塞のあとから時々そんな風に

どこか違う人のような話し方をすることがあった。

意味の通った、筋道立ったちゃんとした話だけど、知らない人みたいだ。

 

祖父には独特のユーモアのセンスがあり、よく冗談を言って笑わせてくれた。

それがめっきりなくなって、笑わなくなった。

 

わたしはおじいちゃまの孫で、おじいちゃまは人生経験豊富な威厳ある老人だった。

ところがおじいちゃまはわたしに他人行儀な敬語を使うようになった。

何度も何度も「ありがとう、すいませんね」と言った。

「ありがとう、ありがとう。はい、もういいよ。すいません」

 

新しいおじいちゃまにとって

わたしはおじいちゃまの世話を焼く力ある若者で

自分は頭の足りないやっかいな年寄りのようだった。

そして長居した家の主に謝るように「あと二年、98歳で死のうと思っとる」と言う。

今年誕生日を迎えてからは「あと一年」になった。100歳まで生きると言っていたのに。

 

去年、父家族が一週間家を空け、わたしは留守番をした。

父の三回の結婚を経て祖父は三人目の嫁と戸籍上の孫と同居することになった。

去年そこに曾孫も生まれ家は和気藹々なんだけど

祖父だけが、びっくりするような辛辣さでその輪の外にはじき出されていた。

 

故郷に帰ってきてわたしは

「おじいちゃまはすごい人なのに、なぜ父一家は祖父をぼけ老人のように扱うんだろう」

と思った。理由がまったくわからなかった。ただただ胸が痛んだ。

 

父は祖父をあからさまに無視していた。

単に同じ部屋にいることに気付かないとか忘れているとかではなく

話しかけられてもはっきりと分かるように無視していた。

 

継母は誰に対しても「わたしがわたしが」と言いたがる少女のような人だけど

以前は祖父に敬意と好感を抱いていた。

でも今は目の前の祖父に対しては驚くほど冷ややかで、影では年寄りとして嘲笑した。

祖父が的を射たことを言っても、あやふやな根拠で徹底的に否定した。

祖父が悲しげに、そして不安そうに自信をなくして黙るまで。

祖父は誰に対しても穏やかで、驚くほど辛抱強い。

その祖父に対して。

 

わたしはいったい何が彼らをここまで不人情にさせたのか

それはもう、いろいろな仮説を立ててみた。

原因がわかれば状況が変わるんじゃないかと思った。

でも今日、予想外の新しい根拠に行き当たった。

 

脳梗塞で入院したとき、大変だったのよ。何もわかんなくなっちゃって」

「オムツ使ってたんだから」

 

継母は二年前の祖父が入院したときの様子を眉を顰めながら嬉々として話す。

継母には尊敬すべきところ、感謝すべきところがたくさんある。

ただ、この人は火事でテンション上がるタイプで、派手な緊急事態が大好きだ。

いっそすがすがしいくらい、悲惨な話、浅ましい噂話に目がない。

 

何度も何度も入院中の祖父がいかに「わけわかんなくなっちゃってたか」を話すので

祖父の言動を信じないよう分断工作しているのかとすら思った。

でも違ったのかもしれないと、今日病院へ行って思った。

 

ベッドの柵を外して家に帰ると大騒ぎをする祖父

採血の血の染みと絡んだ痰と吐き出した食べ物で汚れた寝間着に身を包み

がばがばした成人用おむつを当て空を掴もうと腕を振り回し

見えない相手に長話をして相槌を打つ祖父は

どこからどう見てもぼけ老人だった。

 

継母は二年前これに近い状態の祖父を見て

祖父を敬うべき年長者枠から、憐れで手に負えない老人枠に移したのだと思う。

父も継子も。そして祖父の意識が再びはっきりしたときにも

貼られたレッテルははがされなかったのだと思う。

 

人はこんな風にレッテルを貼られて

「まともな人」枠から外されることがある。

外されたら「まともな人」としての待遇は期待できない。

「厚意で人として扱ってやるが自分たちと同じような人権はない」

 

そしてそんな風に扱われ続けると

その輪の中では周囲の期待に応えた行動をするようになる。

家族が送るメッセージに対する祖父の答えが

「すんません、すんません」「もういいよ、ありがとうございます」

だったのだと思う。

 

「わたしはもうだいぶ頭がおかしいもんね」

と祖父は最近いつも言っていた。いったいなぜそんな風に思うのか不思議だった。

「おまえはあたまのおかしい力ない老人だ」

という家族のメッセージを祖父は吸収し続けたのだと思う。

祖父が本当にそういう状態だったのは、ほんの数か月のことだったのに。

 

ベッドから降りて家に帰りたいと涙する祖父を叱る今日の継母は

本当に活き活きと頼もしい顔をしていた。

この姿こそ継母の思う祖父の本性なんだろうな、と思った。