「いまどきの子ども」…もしも世界がライオンのCMみたいだったら

7歳のころ、学校帰りに雨の中で転んで顔面を強打したことがあります。
軒先から歩道へ出ようとしてスロープで滑ったのですが、なぜか両手が気をつけの姿勢で固定されてしまい、鼻と額でコンクリに激突してしまいました。
幼いはてこはとにかく痛くて惨めで悲しくて、泣きながら家に帰り、後日大きなカサブタを額と鼻の頭に作りました。
 
その人が誰だったのか覚えていないのですが、その日か翌日、すれ違った大人からその傷はどうしたのかと聞かれました。
転んで打ったのだ、両手が動かなくて顔を擦りむいたのだと話したところ、その人は信じられないものを見る目で、
「いまどきの子どもは外で遊ばないから、転んだ時にとっさに手が出ないって聞いていたけれど、本当なのねえ」
と眉をひそめてひとりごちていました。
 
恐らくその人は新聞やテレビで恐るべきいまどきの子どもの運動神経の鈍さについて見聞きしたのでしょう。
そしてなるほど、と思っているところで顔面を擦りむいて凹んでいる子どもに会い、論議が裏付けられたと思ったのでしょう。
「私達が子どもだったころには子どもは横着しないで外で遊んだ、そこで健全な運動神経が発達したものだ。
 ところがいまどきの子どもは」。
 
さて、わたしは子どもたちの間でも運動はできない方で、いま思えば自閉症者特有の感覚の偏りや身体の硬さがありました。
ですからわたしが両手をつけなかったからと言って、それが当時の子どもの平均的なサンプルにはならなかったんじゃないかなと思います。
さらに言えば、わたしは昭和の子らしく人並みに外で遊びまわり、しょっちゅう転んでいましたが、普段は手のひらをついて手を擦りむいたりしていました。
自分でも手がぴったり体に張り付いて離れなかったことにはとても驚きました。でもそれより何より痛かったし、顔に大きなカサブタが出来て嫌でした。
   
仮にわたしが昭和のいまどきキッズの姿を象徴する子どもだったとして、そこで「いまどきの子は」なんて言ったところで何の役に立つでしょう。
同情するならカネをくれと言いたいところですが、その人は同情していたのではなく、新たな時代の見たことのない子どもの発見と自分の子供時代を比較して、知的探究心の充足をはかっていたのだと思います。それに比べたら目の前の子どもの怪我だの痛みだの、そんなことは大した問題ではなかったのではないかと思います。まして今度転んだらどうするかなんて知ったことではありません。
  
大人になっても考え方が未熟だったために、あるいは後に計算外の事実が発覚して、また思いがけない不幸が重なって、結果として問題を抱えることが誰にでもあります。
それでも人は顔を上げて生きていかなければならないし、どん底にいても外に出ていかなければならないこともあります。
 
買い物だの役所の手続きだの病院だの、人に変わってもらうわけにいかない用事もありますし、頼む人がいないことだってあります。
その為に最低限の身繕いもします。
鉛のような体を引きずって風呂に入り、髭を剃ったり化粧をしたりして、見苦しくないように服を選ぶ。
自分の気分を少しでも上げるためにお洒落をしてみる。髪だって切りに行く。
心の内側が真っ暗で、帰り際どこかに飛び込んで人生終わらせたいと思っていても、外で人と会って顔では笑うこともある。
今いる場所が安全とは言いがたくても、そこを出て自活するだけの健康と経歴がなく、後ろ盾も保証人もいない。
だから今はとにかくここで生きていかなくちゃいけない。
 
そういう人に、「ろくに働きもせずに好きに暮らして。いまどきの若い人はすごい神経ね」と、まるで精神構造が遺伝的に違う新種の人種のように言う人は、想像力も感情移入も足りないけれど、何より洞察力が足りないんじゃないかしらとはてこは思います。
悲しい人は24時間泣いていて大人しく、笑っている人は幸せで悩み事なんてないと思ったら大間違いです。
 
産まれたばかりの赤ちゃんなんてほとんど寝てばかりで、祖父母は孫のことなら何でも許せて、娘に甘えられれば親は嫌とは言わない。
子どもを望まない人は誰でもいつでも避妊するし、避妊の意志を伝えるのはいつでもどんなときでも難しくはない。
そもそも性関係は双方の合意があるときだけ成立し、望まない性関係で妊娠したり、その子どもを出産することなんてありえない。
本当に好きな人と結婚すれば、結婚生活に問題があり、育児の悩みが尽きることなく、親族との関係がこじれても離婚なんてしない。
わたしたちが生きている世界はそんなライオンのCMさながらに平和でしょうか。
 
世界がそんなところだったら、敢えて妊娠してから結婚し、その後離婚して実家へ戻った女性は「割りきって」「望みどおりに赤ちゃんと、自分を世話してくれる両親の双方を手に入れたのだ」と推論するのは間違っていないのかもしれません。
個人的には親に一生自分の世話をさせるために計画的に妊娠し、計算通りに離婚しようと考えて実行した女性には会ったことはありません。
いまどきの十代二十代がそんなに計画的に人生設計し、それを実行する能力があると考えるのは、ちょっと楽観的に過ぎるのではないかと個人的には思います。
 
なんていうか「色んな人が読んでるんだから決めつけも大慨にした方がいいんじゃねーの」なんて思ったお正月でした。
 
誘導的な話だよなー。 ですよねー。

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