うしじまいい肉さんで考える羞恥萌えとエロ

 
わたしは生々しくオナニーの開始や終了を告げるつぶやきがtwtterやハイクで流れてくると複雑な心境になることがあるのですが、セックスについて考えたことをはてなハイクで長々書いていると、「うわセックスの話だどうしよう」と思いながらタイムラインを追うしかない人もいるかもしれないので、ダイヤリーで書いたほうがいいかなと思った今日この頃です、ご機嫌よう。
 
うしじまいい肉という芸名をお持ちのコスプレイヤーさんがいらっしゃいます。うしじまさんのコスプレの定義は「ふだん着ない服」だそうで、うしじまさんはアニメキャラ、学生服、仕事着、民族衣装、ロリータファッションや水着、水着とごっついブーツやヘルメットを合わせたSFっぽい独特のコスチュームなどなど、さまざまな衣装をすてきに着こなし、チャームポイントのアーモンドアイとアヒル口、小さな体にぴちぴちした筋肉とほっそりした手足で人々を魅了しています。はてこはうしじまさんのコスプレにたいへん興味があります。
 
うしじまさんはAVのパッケージやU15アイドルの写真集、そして大量のエロ本を参考に衣装やポーズを考え、撮影場所をセッティングするのだそうです。そのプロデュース力はたいしたもので、オフ会の写真に写る素のうしじまさんと、コスプレ中のうしじまさんはオーラがぜんぜん違います。コスプレ中のうしじまさんはまるでお人形のように整って見えます。アップにしてもそうなんだから素材がいいんだろう、と思ったのですが、やはりそういう問題ではないようです。写真屋さんの問題でもありません。
 
うしじまさんはU15を、中でも仲村みうさんをよく観察されたそうで、コスプレするさい参考にされたのだそうです。それを聞いてわたしは名前程度しか知らなかった仲村みうさんの画像を検索してみました。「これは違う」とわたしは思いました。うしじまさんから発せられるオーラと質が違う。同じ中華料理を違う素材で作った、という感じです。仲村さんは無理のある環境で料理用に育成された野菜のようなのです。*1
 
うしじまさんはU15アイドルと、またAVのイメージ撮影や着エログラビアと似たようなことをしているのに、そこにはもう決定的に違う何かがあります。どこが違うんだろう。
と、つらつら考えてみて、二つの違いに気づきました。一つは、うしじまさんの写真には羞恥心が感じられないこと。もう一つは、中の人のプライベートはどうかわかりませんが、コスプレ中のうしじまさんからは卑屈さ、言い換えると立場の弱さが感じられないということです。
 
うしじまさんのDVDに対するAmazonのレビューに、「抜きどころがない」というコメントがあったのですが、あれだけエロエロした動画でピクリともしなかったらしいこの人のピクリポイントは前述の二つと密接に関わっているのではないか。この人は女の子が恥ずかしそうに、ほんとはやりたくないんだけど、〇〇だから見せている、という感じであられもない姿をしている方がぐっとくるんじゃないか。恥じらい三割り増しです。
 
古い話で恐縮ですが、桂正和の漫画"電影少女"で、放送室に現れた電影少女ちゃんがパンツ見せろと言われたときのことを思い出します。それを見た男子は言いました。「ちゃんと恥ずかしそうにしながら見せるんだな…」。そうです、赤面しながら躊躇いながらスカートを少しずつまくりあげる。そこがあのシーンのポイントでした。独裁主義国家内の幹部希望者が身体検査を受けるようにやる気満々でパンツを見せると、だいぶ違う展開になります。
 
〇〇の部分に入る言葉は色々差し替え可能で、「あなたに好きになってほしいから」であれば両思いリア充乙路線に、「してほしいことがあるから」「弱みを握られているから」など取引の一環であればサスペンス風味に、「あなたには力関係・体格差の点で敵わないから」であれば俺様王者ハーレム路線に。そして「体の自由を奪われているから」であれば緊縛陵辱系です。それぞれの良さを好む人がおり、趣味や気分に応じて「イヤだけどこんなところ見せます、恥ずかしい」のバリエーションは広がります。
 
さて、うしじまさんには躊躇いや恥じらいは感じられません。うしじまさんはスカートをじゃんじゃん捲り上げます。すきあらば捲っているという感じ。立てば胸チラ座ればお尻、街の中では水着コートという大盤振る舞いです。かと言って銭湯の脱衣所で番台のおばちゃんとおっぱい丸出しで話しているという気の抜けた感じでもありません。それどころかこっち見てる。すっごい見てる。パンツ出してるにしてはえらく冷静な目をしてこっち見てる。
 
「ああ、要するに女王様とか痴女とかM女とか、あっちから誘う感じか」というとそれは違う。むしろそこが違う。
誘うってことはですね、応じるかどうかという選択権は誘われた側なんですよ。誘ってる方は弱いわけ。選ばれる側なわけ。だから誘う方は立場が弱い。交際で言ったら先に告白する側。こっちは歓迎なんですが、そちらはいかがでしょうか? ってことです。
 
AVやU15なんかお客さまがいてなんぼという商売です。もう何とか選んでいただきたいという一心なのが画像の端々に滲み出ています。生活が、人生がかかっている。お客さまの要望第一。何もそこまで、というサービスぶりに、どうしようもなく立場の弱い感じが滲み出ていて、そこが実に昭和枯れすすきで、胸が痛くなって、エロどころじゃない気分なのです。
わたしが特にU15に萎え萎えなのはその辺です。「エロとかよく知らないけど、わからないなりに選んでもらえるポーズをガンバロウ」と、現在級友と揉めそうな、大人になったら就職にも結婚にも差し障るような姿で、周りの大人の指示に従ってやってる子ども。こんな歳からなんでそこまでしないといけないんだ。
しかし、そこにいじらしさや健気さを感じる人、むしろ下から目線じゃないと萌えない! という人、また彼女たちの笑顔を本気で「無邪気だ、天真爛漫だ」と感じる人は、うしじまさんにはエロスを感じないかもしれない。うしじまさんが第一にしているのはお客さまじゃないようだからです。
 
また、世の中にはたとえお金にならなくても異性にちやほやされたい、モテたいという女性が大勢いて、そのような動機を中心に自分をプロデュースして写真集を出したりコミケで売ったりしている場合もあります。プロのアイドルにもそういう人はいて、それを原動力に素晴らしいステージを作り上げていることもあります。
しかし、そのような焦りや承認されることへの飢餓感が透けて見える写真は、やはり写っている人より中の人の人生が気になります。衣装やポージングに使うはずの神経が「ね、わたしかわいくない? 美人じゃない綺麗じゃない?」と再三再四アタシを見て! というアピールに費やされているため完成度が低かったり、支持者集めに奔走する様子がなんだか気の毒に感じたりするからです。ああ、お願い。感じよくしますから、どうか高く評価してくださいね。そこで「お、こっちの気持ちがよくわかってる、気配りあるなあ、いい子だなあ、笑顔がかわいいなあ」と思う人が続出することもあります。
 
一方エロスただようコスプレをしているうしじまさんの写真からは「お願い私の魅力を評価してください」とか「お金出してください」とか「他の女の子よりかわいいと思ってください」「とりあえず脱いでみました。何ならもっとサービスしますから何とぞ」というような必死さを感じません。「うしじまは笑わない」とよく言われますが、うしじまさんが笑顔になることでエロスが増すとうしじまさんが判断すればうしじまさんはじゃんじゃんにっこりするに違いありません。笑顔は愛想を振りまくためにあるんじゃないんだ! 表現する手段の一つなんだ!
 
「私うしじまは、競泳用水着とタイルと濡れたお尻というのがとてもエロくていいと思っています」
「ダーク系の真面目そうなスーツに純白フリルのパンティってコントラストがあってエロいと思うんです」
「この生活感溢れる個人のお宅にロリータファッションで首輪ってシュールでぐっと来ます」
 
といううしじまさんのこだわりが伝わってきます。まるでヌーディストビーチで全裸で日光浴をしている人のようです。これが異端だということは分かっている。でも悪いことだとは思わない。すべての人にこの生き方を推奨する必要も感じない。しかしこの格好でいるのは気分がいいなあ。
 
アダルト稼業の人のグラビアやソープランドのお姉さんのプロフィール写真がお客さまに選んでいただくためのお店ご飯だとすれば、うしじまさんのグラビアはうしじま家の日曜のごちそうのようなものです。食べたいものを作ってみたんだけど、美味しいから食べますかどうですか、自信作なんだけど、という感じ。うしじまさんのグラビアからは、うしじまさんがどんなものをエロいと思っているのか、それをどれほど愛しているか、そのためにどれほど肌理細やかに神経を使っているかということがよくよく感じられます。ナルシズムを満たしたい人の「このご飯、美味しいでしょう? 違う料理も作れるの。あたしあなたのいい彼女に、いい奥さんになれると思わない?」とも違います。
 
人に選ばれ、求められるためのエロではなく、自分がやりたいエロ。見ている人とうしじまさんは対等です。ですから対等な関係ではエロスを感じないという人は、うしじまさんの扇情的な媚態を見て、何となく不愉快になるんじゃないかと思います。Kylie Minogueの「ALL THE LOVERS」のPVの、あからさまで妙にすがすがしい乱交にも閉口するんじゃないでしょうか。ぼかしのない性教育がお嫌いな方も多いのではないかと思います。
 
エロいのは嫌いじゃないけどポルノってなんか違う。それって何だ? と常々思ってきたのですが、ああ、ポルノメディアを目にするたび胸ふたがれた理由はこの辺りにあるかもしれないな、と思いました。
 
ええと「羞恥心とは何か、それは嫌がっているのとどう違うのか、またセックスとどのように関係しているか」について書こうと思ったのですが、そこまでたどり着けなかったので、そちらは機会があったら、また。
 

*1:仲村みうさんと仲が良いと噂のしほの涼さんについては、より一層そのように感じます。そもそもわたしがが「U15アイドル業界は滅びてくれていい」と思ったきっかけは、父親にプロデュースされてセーラー服の下に白い水着を着て、寒空の中大通り沿いの歩道に横たわってスカートをまくり上げているしほの涼さんの写真を見たことでした。「U15アイドルの世界はわたしたちが作った」と辛酸なめ子さんに語ったしほの涼さん。正直お父さんちょっと、と思わずにいられませんでした。