階段の曲がり角

子どものころ住んでいた家の階段には踊り場があった。
下から二段、東向きの段があって、踊り場で突き当たりを右に曲り、南に向かってさらに上がると子供部屋と両親の寝室に続く。階段の色は焦茶。壁の色はアイボリーだった。
 
階段は脚立のように平らな板を斜めの板で支える構造になっていて、段と段の間に脚を入れたり、下からぶら下がったりすることもできた。片側を壁に、片側は下から支えられながら中に浮いており、浮いた部分の板には柵がついていた。
 
私たち兄弟は家が建ったばかりのころ、下の二段を使って色々なごっこ遊びをした。一番下の段に腰掛け、次の段を机に見立て、その上を本棚に見立てたり、段の下におもちゃ箱をしまって宝の隠し場所に見立てたり、ピアノに見立てたりもした。
 
やがて私たちは大きくなり、階段は腰掛けるには小さくなったので、今度は踊り場から南に伸びる側の階段に布団を敷いて、無理のある滑り台遊びをした。柵の隙間をすり抜けて飛び降りたこともあった。隙間は上に向かうにつれ、天井に挟まれて少しずつ狭くなる。どこまで通り抜けられるか、どれほど高いところから飛び降りられるか、四人で競争した。昼間は楽しいこの階段を、私は夜にはひそかに恐れていた。
 
下から二段目の段の左側に、濡れ縁に続く大きな窓があり、窓にかけられたカーテンが階段と窓の間に窮屈に下がっていた。このカーテンと壁の間はなぜかいつも少しだけ開いていた。私は昼間のうちにカーテンを壁際まできっちり閉めておくのだが、家族は何とも思わなかったのか、気がつくとそこはいつもすこし開いていた。日が沈むとそこから窓越しの真っ黒な庭が見えた。闇以外に何か見たことはない。でも、私はどうしても、その窓に誰かがべったりと張り付いて、階段を昇り降りする私の脚を見ている気がしてならなかった。見えないのにいるというのは、ある意味で見えるよりも恐ろしかった。
 
8時にテレビから離れてお風呂に入って歯を磨き、二階の子供部屋にいかなければならない。おやすみなさいを言って階段を登る。二段登って踊り場の斜めになった段を登って突き当たりを右に曲がる。そこから南向きに登っていく。階下には母が、二階には兄弟たちがいる。
 
両親が寝室に上がり、階下に誰もいないとき階段を降りるのは恐ろしかった。踊り場の突き当たりを左に曲がり、カーテンの隙間の闇を、私はいつも無視しようとした。街頭でビラ配りをしている人から目線を逸らすように、「いまわたしちょっと忙しいので」というオーラを出して急いで通り過ぎた。でもそれは、私の忙しさなんてちっとも気にならない様子でそこにいて、毎ばん戸板に墨を塗ったような闇の中から窓越しに私の脚をじっと見ているのだった。
 
その家はもうない。
家が無くなる少し前に妹に階段の話をしたら、妹も同じ場所に何かがいるといつも感じていたと言った。弟もそうだったと後で知った。住んでいたときに話あえなかったことが残念なのかどうか、よくわからない。

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