恋愛風景

四次元を理解するにあたって、恋愛はとてもいい経験になる。
 
一次元は点、二次元は線、三次元で奥行きがあらわれ、私たちが生きる空間があらわれる。四次元は私たちが行き来できない世界で、そこには時間というもう一つの軸がある。ドラえもんのポケットの中のあの世界。
 
一次元、点の世界はあなたの駅。少し離れて私の駅。一次元は孤独な世界だ。二つの点を線でつなげる。あなたの駅と私の駅は線を通って行き来できるようになる。二次元は線を通してつながる世界。
でも恋をすると、路線とダイヤに縛られるのはごめんだと思う。それで、自転車を買う。バイクを買う。車を買う。あるいは歩くのをいとわなくなる。あらゆる方向からあらゆる手段で、あの人に会いに行きたい。
上からも下からも右からも左からもあの人に会いたい。エレベーターを、階段を、はしごを上り下りして、山を越え丘を越え、海を渡ってあの人に会いたい。
 
そして恋の終わりがやってくる。恋が終わる前に恋人の命が終わることもある。宇宙の始まりと終わりの限られた時間の中で、私たちの恋はみな終わる。それから四次元を理解する時がやってくる。
 
あの年の春に桜を見ていたあなたを見たくて、桜の木の下に座る。あなたはいない。同じ桜の木の、同じ川縁のベンチにあなたはいない。あなたの椅子の上にもあなたのコートの中にもあなたはいない。
この景色にはあなたが欠けている。
あなたはあの年の桜の下にいて、あの椅子の上、あのコートの中で背中を丸めて眉をしかめている。こことは違う時間の中にあなたがいる。私はそれを確かに知っている。そこに私もいたことがある。
 
そこまでずんずん歩いて行きたい。四次元の時間の軸を、点から点へ移動するように、手前から奥に向かうように、ずんずん歩いてずんずん歩いて、そしてたどりつけたらいいのに。私たちは時間軸を行き来するのに向かない体で生きている。
  
 −手紙には愛あふれたりその愛は その日その月その年の愛
 
と、俵万智は詠んだ。その日その月その年の愛は、小石のようにそこにある。東京ディズニーランドの"カリブの海賊"のボートが浮かぶ水の中の、ボルトで留められた金貨みたいに、流されず、動かない。どんな風にも飛ばされず、芽吹いて育つこともなく、その日その月その年の中に、確かな重さを持ってあの恋がある。
 
宇宙船の窓から遠ざかる星を望遠鏡で見るように、時を超えた手紙の中に、私たちはあの日の恋を見ることができる。小さく輝く星のような恋の光を、私たちは時の暗闇の中に見つける。白日の今と未来の光が弱まる黄昏の空に。夜明けの前に。
 
<追記>
聡明なみなさんは、はてこが零次元と一次元を混同していることにもうお気づきですね。
今日のところはそっとしておいてください。 

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