母へ

子どもはポケモンではありません。日頃モンスターボールに入れておいて、都合のいいときだけ活躍させるわけにはいかないのです。
 
あなたが買い物に行く足がほしいと思うとき、賃貸契約保証人欄に名前がほしいとき、年末年始を一人で過ごしたくないとき、電球を取り替えたいとき、上司の悪口を言いたいとき、携帯の取扱説明書を読むのが面倒なとき、キーボードの入力変換がとつぜんおかしくなったとき、子どもを呼ぶのは悪いことではありません。
しかしそれは子どもの側の親切であり、あなたの当然の権利ではないのです。大正生まれのあなたの母が、そのような便利な隣人を持つ当然の権利があると思い込んでいなかったことに、あなたは感謝するべきです。
 
人にはそれぞれ自分の人生があり、仕事や配偶者を自分で選ぶ権利があります。善かれ悪しかれあなたの子どもにもそのような基本的人権があります。
 
あなたの日々のささやかな驚きに耳を傾け、あなたの痛みと悲しみを癒し、あなたの悩みに寄り添い、あなたを笑わせ、あなたの敵に体を張るのはあなたの夫の役目でした。
あなたが頼るべき相手であった私の父が、あなたの夫としていささか未熟だったことは、私も実に残念です。
しかしあなたが彼の子どもにその代償を支払わせようとするのは、現実的に色々と無理があります。彼らはあまりお育ちがいいとは言い難いですからね。
 
また、妻に求めるべきものを娘に求める残酷な父親や、夫に求めるべきものを息子に求める愚かな母親のことを、あなたもよく知っていることでしょう。彼らは幼い子どもしか頼る者のない孤独で哀れな男女ではなく、抵抗する術を持たない子供の魂を搾取する身勝手な大人です。
娘を姉のように、たくましい息子のように、世辞に長けた親のように扱うのは、同じ種類の暴力であることに、あなたはそろそろ気づいていい歳だと私は思います。
 
娘婿を元夫と比較するのはおやめなさい。
彼はあなたの愛した人ではなく、娘はあなたではありません。娘が夫に大切にされているからといって機嫌を損ねるのは、たいへんみっともないことです。
あなたが育てるべき子はあなたがお腹を痛めて産んだ娘であって、娘がお腹を痛めて産んだ子ではありません。娘とその子どもが必要としているのはスポック博士の育児書を愛読する養母ではなく、成熟し、安定した人間関係を築くことのできる祖母なのです。 
あなたは赤いちゃんちゃんこと帽子を贈られておかしくない年です。いつまでもABBAビートルズカーペンターズにひたり、学生運動気分で体制に文句を言っているだけではいけません。
 
平均寿命から推測すると、あなたの前にはまだ人生に興味を持つ時間が二十年以上あります。
ひ弱な娘と違って、あなたはこれといった病気もなく、立派な仕事を持っています。足を引っ張る親もなく、貯金もあります。
 
あなたの元夫は失敗を繰り返しながら生涯の配偶者を得ました。悔いは残りますが、いくら待ってもその席はもう空かないことでしょう。
今やあなたの子どもたちが帰る家はあなたの家ではありません。あなたも自分の家庭を持っていい頃です。その家庭を楽しむ時間がまだ二十年以上あるのです。
 
あなたは右も左もわからない女の子が選ぶようなお尻の青い男ではなく、かつて結婚という一大事業に挑み、子どもを産み、育て、自ら妻の座を離れて自分の人生を模索した女性が選ぶにふさわしい男性を選ぶべきです。
たとえ彼の腰が曲がり、頭部には僅かな白髪しか残っておらず、二の腕とふくらはぎが鶏の喉のようにたるんでいたとしても、ひるむことはありません。あなたが人に幸福をもたらすものについて、四十年前よりずっと多くを学んできたとすればですが。
 
そのような男性のお眼鏡に叶うために、科学的に若返る必要などさらさらないことについては、彼も大いに請け合ってくれることでしょう。
 
幸運を祈ります。愛を込めて。