おにいちゃん魂

LOの表紙見てたら、兄ではなく剣道の道場にいたおにいちゃんを思い出した。
彼は道場では最年長者で、中学一年生だった。坊主頭で目が細く、まぶたと唇が厚く、がっしりした体格で声は低かった。七歳のわたしにはずいぶん大きく見えたけれど、本当はどのくらい大きかったのかわからない。六年生が一目置かれる道場内で中学一年生はかなり大人だ。
 
わたしは家では長女で、弟妹の面倒を見るのは自分の役目だと思っていた。
五歳のときにはすでに年少組で泣いている弟のために先生にかけあう園児だったし、小学生になってからは妹の塾のいじめっこを〆に行ったりしていた。一方自分に売られた喧嘩は自分でやる。だってお姉ちゃんだから。
 
お姉ちゃんは二人乗りするときは前に乗る。重くても泣き言は言わない。お姉ちゃんは弟が怪我したら手当する。弟が暗い部屋へ行くのを怖がっていたら、先に行って明かりをつけてやる。寒がっていたら自分の服を脱いで着せる。妹が泣いていたら抱いたりおぶったりして慰めてやる。それがお姉ちゃんだ。
 
ある年の夏、道場で夏休みの合宿があった。
合宿先は山の中で、川沿いの合宿先で通し稽古をしたあと、巨大な鍋でカレーを作る。剣道を習っていたのは兄弟の中でわたしだけだったので、わたしは一人で合宿に参加した。女の子はわたしだけだった。料理は付き添いの主婦がやるのだけれど、わたしはあとをついてまわって「お米の水は手首のぐりぐりのところまで」と言われながら水加減をしたり、勇んでジャガイモを切ったりしながら夜を迎えた。
 
たらふくカレーを食べ、先生たちは酒を飲み、子どもたちは大騒ぎをする。宴もたけなわというときに先生の一人が「これから肝試しをやる」と宣言した。子どもたちの間にどよめきが走った。肝試しといっても酔っ払いの思いつきだからたいしたことはない。明かりのない川沿いにある墓碑に、酔っ払いが半紙をつり下げてきたから、それを取ってこいというものだった。
 
子どもたちは互いに目と目で牽制しつつも、出て行こうとはしなかった。山の中の夜は真っ暗だ。酔っ払いの方もふざけ半分だから強制はしない。別に一人じゃなくてもいいぞ。賞品? そうだな、一人で行ったら考えてもいい。どうした、なんだおまえら肝が細いな。がっはっは!
 
これは挑戦だ、とわたしは思った。ここで行かなかったら、負けだ。みんながどやどや移動しだしてからではだめだ。行くならいまだ。わたしは親指をぎゅっと握りしめて、そっと部屋を出た。
 
たいした距離ではなかった。建物群を通り過ぎてすぐに墓碑があった。酔っ払いはそんなに遠くまで仕込みに行かない。墓碑の横にそびえ立つ松に、こよりで半紙が結んであった。わたしは背伸びをして、枝の先でひらひらしている半紙をぴっと引っ張って取った。そして、走ると怖いので砂利を踏みしめて早足で戻った。わたしは一心不乱に「へいき、へいき」と唱えながら歩いて、明かりが見えるところまで来てやっと息をついた。
 
「とってきた!」と半紙を見せると宴会場は一瞬静かになった。わたしがいなくなったことにまだ誰も気づいていなかった。間もなく事態がわかると一同一斉に喋り出して、一気にうるさくなった。仕込んだ酔っ払いは驚いていた。わたしは得意になって賞品を催促し、酔っ払いは話をうやむやにして何もくれなかったけれど、そんなにがっかりしなかった。わたしは賭けに勝ったんだ。
 
えへん、と思って席に戻ると、六年生男子と中学一年生男子がやってきた。そのときの光栄な気持ちをどう表したらいいだろう。大人と一緒に稽古をする中学生男子と、日頃小学生組最年長者として、子どもっぽい話からは一歩引いているクールな六年生男子の二人から、墓碑まで一緒についてきてくれ、と頼まれるあの名誉を。
 
わたしたちはもう一度、暗闇の中をじゃりじゃり歩いて墓碑まで行った。今度は途中で酔っ払いの一人が奇声を発しながら飛び出してきたけれど、もう怖くなかった。墓碑は昼間見るのと同じただの石だった。二人はおっかなびっくり墓碑に触って、まだびくびくしながら元来た道を戻った。わたしはさも平気そうに微笑んで見せたけれど、作り笑いではなかった。誇りではちきれそうで、自然に笑みが浮かんできたからだ。部屋に入る寸前、中学生男子がしみじみ「おまえ、すごいな」と言った。わたしはあんまりうれしすぎて何も言えなかった。
 
この日から中学生男子といっしょに過ごすことが増えた。
中学生男子はもともとやさしい性格だったようだけれど、わたしにとって中学生男子はある意味で大人以上に大人っぽくて、先生以上に近寄りがたかった。だから中学生男子のまわりをちょろちょろしないようにしていた。男子一同はちびな女子を何かと一段下に置こうとしていたけれど、中学生男子にとってちいさな女の子はもはやライバルではなかった。彼はすでに強い大人の一人として、保護者目線でわたしを見ていた。
 
中学生男子は親に送ってもらわずに自転車で道場に来ていた。田んぼに囲まれた道場まで中学生男子はママチャリでやってくる。あるとき道場が始まる前に「自転車に乗せてほしい」と言ってみた。
「え、乗るの?」
「うん」
「あー・・・いいけど、乗れる?」
わたしはまだ自分でママチャリの荷台にのれないほど小さかった。彼は小さな女の子を乗せるようにわたしを荷台に乗せた。
中学生男子は行く当てもなく困惑気味だったけれど、ごく当然のようにわたしを楽しませることを考えていた。それでわたしを荷台にのせて、道場を中心に田んぼのあぜ道をぐるっとまわった。
 
わたしはお姉ちゃんなので、いつもはよくしゃべる。お姉ちゃんは自分の意見をはっきり具体的に話し、物事をリードしなければならない。責任は積極的に負う。問題が起これば解決するのは自分の役目だと思っている。でも、中学生男子といるときはすっかり黙っていて、ほとんど喋らなかった。
 
中学生男子はおにいちゃんだった。おにいちゃんの自転車の後ろにいてやることは、おにいちゃんにしっかりつかまっていることだけだ。
「あれ、なあに」
「ああ・・・あれはね」
おにいちゃんは少し困って言った。
「もっと大きくなったらわかるよ」
「ふうん」
遠くにお城のような建物が見えた。日頃とことんまで問題を追及するわたしは、それ以上何も聞かなかった。おにいちゃんが大きくなったらわかるというなら、大きくなったらわかるんだ。

田んぼ、遠くに見える道場、お城のような建物、ずっと向こうの山。ものすごく楽しかった。いま思えばわたしが自転車の後ろに乗って、安心していたのはあのときだけだ。
彼は翌年道場をやめた。もう名前も思い出せない。
 
おにいちゃんだと言うのは年齢の問題ではない。全国、全世界のおにいちゃんたちが、妹を大事にしてくれたらと思う。そうすれば妹たちはいつまでもずっと、おにいちゃんのことを大事に思い出す。いつまでもいつまでも。