中身の話

血液をお湯で洗うとタンパク質が固まってシミになることを知っている人はいますか。
ほとんどの女性はこのことを知っています。毎月そのことを思い出す機会があります。
 
夫はわたしの月経に「お仕事お疲れさまです」的な敬意を抱いている。
わたしの体は子どもを産むような作りになっている。わたしは胃に悪いものを避け、心肺を労るように、子宮と卵巣が健やかにあるよう考えなければならない。子宮や卵巣も乳房もわたしの一部だからだ。そこに血を送って、代謝が正常に行われるように出来る限り気を配った方が、痛みの少ない人生を送れる。自分の指の形が好きでなくても、それで指を詰めたりすれば生活は不自由になる。たとえ望んでそうしたとしても。
自分の体の気に入ったところも気に入らないところも、メンテナンスをして、よくしておくに越したことはない。手持ちの臓器は使える間は大事にした方がいい。わたしは一生この体で生きていく。換えはない。
 
居ても立ってもいられない、脂汗の出るような腹痛、張った胸が痛むこと、下着や服が血で汚れないように気を使うこと、気を使っていることを悟られないようにすること、これらの不自由さを自分自身忘れること。そして血液を水で洗い流すこと。これら月経に関するあれこれに対して、夫は畏敬の念を抱いている。人知れず山の中で、自分には出来ない力仕事をしている肉体労働者に対するような敬意。お疲れさまです、お茶でもいかがですか、的な敬意。
 
きのうふと、「わたしは夫の射精に対して夫がわたしの月経に対して抱くような敬意を抱いているかしら?」と思った。
夫の体は子どもを作るような作りになっている。どんな不自由があるのかわたしはあまり知らない。あまり不自由がなさそうでいいなあと思っていた。苦労がないというだけで下に見ていたかもしれない。
 
射精は月経と比べて、生理的な話より、快感と結びつけられがちだからかもしれない。月経には快感はまったくない。でもすべての射精に意識的な快感が伴なうわけではない。トイレで息んで出てしまう射精、夢精。夢精は少し月経と似ていて、不便そうだ。
 
普通の射精について考える。充血して勃起しているときの射精、精子が競争するときにチームを作ること。*1睾丸を冷やすために玉袋がだらんと伸びたり縮んだりすること。そんな風に精子を作って、いい状態に保って、未だ見ぬ卵子のある場所へ送り込もうとしている体のことを考える。毎日毎日何年間も、せっせっせっせと、心臓が休まず鼓動を続けるように、肺が呼吸を続けるように、精子を作り続ける精巣、茹だらないように抜け目なくぶらぶらしながら気を配る睾丸。蹴り上げられたら痛いのに、それでも外で無防備にラジエーター活動を続ける睾丸。天まで届けと全力で勃起する陰茎。男性の体もいじらしくて一生懸命だ。お仕事お疲れさまです。
 
EDの治療の場で、ちんちんの作りについて敬意と品位を込めて生理的な話を小一時間じっくりすると、それだけでふたたび勃起するようになることがあるそうだ。蔑まれていたちんこが自尊心を取り戻すのかもしれない。
性暴力の責任を無力なちんこに押し付ける人がいる。万引きの責任を手に押し付けるようなものだ。ちんこに出来ることは限られている。ちんこは司令塔じゃない。ちんこに対する理解が欠けていると言わざるを得ない。
 
わたしは自分の体の女性的な作りが大嫌いだったけれど、腎臓や肝臓と同じくらい、子宮や卵巣について思いやってしかるべきだと思うようになった。臓器に罪はない。ホルモンに文句を言っても仕方がない。みんなわたしが寝ている間も、生きていくのに精一杯がんばっているんだ。
 
自分を認める。性器も臓器も認める。わたしたちは生身の体を持って生きている。その作りに敬意を抱いて悪いことはない。人を認めるのも同じことだと思う。
 
敬意をもって、大事に扱う。
 
ないがしろにされた後ならなおさら、相応しい敬意を持って大事に扱うに値する。
扱い方の分からない馬鹿者の真似をするなんてことは、百害あって一利なしだ。 
 
<追記>
蝉コロンさんとこにいくと、この種の畏怖の念が深まる。

一般的に想像される受精までの道のりは、精子たちが俺が一番乗りだーとばかりに卵子に向かって競争してるシーンですが、時には彼らも力を合わせることがあります。グループをつくると泳ぐスピード*1が速くなるのです。理屈は知りません。なんでだろ。集団をつくるマラソンランナーみたいなもんか。写真を見るとなんか頭をくっつけてます。

敵味方を見分ける精子(例えば緑色の髭が生えているとかで)
過熱する精子競争
 

*1:同じ遺伝特質を持つ精子同士でタッグを組んで、進路を妨害したり牽制したりしあいながら着床にこぎつけるらしい。同じものを食べてるのに、男性の体の中ではそんな知的な尻尾つきの遺伝子カプセルが日夜作られているなんて不思議だ。