やおいの思い出

はじめて男同士の恋愛を描く作品を好む女の子に会ったとき、わたしは中学一年生でした。
 
映画“耳をすませば”をご覧になった方はご存知かもしれませんが、当時学校の図書室には図書館カードというものがあり、本の後ろにある貸し出しカードと個人利用の図書館カードを二枚セットでゼムクリップでとめ、カウンターに提出して本を借りるシステムになっていました。この個人利用の図書館カードに借りた本の名前がどんどん書き込まれ、表裏すっかり書き込み終わると新しいカードをセロテープで貼り付けます。そのころわたしは自分の図書館カードを厚くすることに熱中しており、毎日黙々と図書室へ通っていました。
 
個人利用のカードには自分の名前が書いてありますが、貸し出される本の裏に入っているカードは個人利用カードがちゃんとクリップされていれば、苗字だけでも構いません。わたしはひそかに図書館用の通名を作って、それを書いていました。
 
ある時わたしは図書館にちょっとした忘れ物をしました。そして翌朝、下駄箱に自分の忘れ物と手紙を見つけました。手紙はひとつ上の学年の女の子からで、宛名には私の図書館通名が書いてありました。
「(通名)さま。
 図書館カウンターに忘れ物があったのでお届けします。
 返却された本のカードにあった名前を見て、くたびれさんの物だと分かりました。」
手紙は女の子特有の複雑な折り方がしてあり、上手なイラスト入りでした。先輩は一度も話したことのないわたしの通名を覚えていたのです。 
私はすぐに返事を書き、このときからわたしと先輩の文通が始まりました。
 
図書委員だった先輩とはファンタジーやSFの話で盛り上がり、徐々に本や漫画を貸し借りする仲になりました。新井素子コバルト文庫を貸してもらったり、先輩が栗本薫ファンの友だち二人と作ったグイン・サーガサークルの会報をもらったり、ジャンプの漫画の二次創作コピー誌をもらったり。学校で出されている図書館だよりはこの先輩たちによって書かれていたので、いろいろな意味で濃い仕上がりでした。
 
先輩は高校進学にあたり、不要になった中学の体操着を改造して衣装を作り、卒業した年の春休みに、地方のコミケイベントに出席しました。それが私のコミケデビューです。
 
会場には先輩より年上の女の子がたくさんいて、独特の口調と身振りで漫画への思い、キャラへの思いを熱く語っています。先輩が校内で配布していたコピー誌の中でおぼろにほのめかされていた男キャラ×男キャラの関係は、ここで一気に爆発。先輩が参加した本や会場内の本はたいへんフリーダムな様相を呈していました。
原作から遠く離れ、女にしか見えない男キャラ。女装全開で描かれている男キャラ。爽やかな少年スポーツ漫画が悶々としたヰタ・セクスアリスに大変身。正直「どうしてこうなった」という気持ちでいっぱいでしたが、とにかく絵は上手だし、話もそこそこ上手いし、会場は熱気があって楽しいし、こんなに漫画が好きな人が一度に集まったのを見たのは初めてで、わたしは悪い気はしませんでした。
 
高校進学後、わたしは複数の部活を掛け持ちし、その中に弱小音楽部がありました。コーラスやろうよ、という趣旨で集まっているのですが、部活の時間の半分は漫画を読むか怖い話をするか、というちんたらぶり。そこで知り合った女の子が“風と木の詩”の大々大ファンでした。この人はちょっと男×男を連想させる会話が出るときゃーきゃー言わずにはおれないようで、そのきゃーきゃーは外にではなく内に向かってのきゃーきゃーなのでした。
 
その後わたしは転校したのですが、転校先で後ろの席に座った女の子に話しかけ、その日から一緒に帰るようになりました。お互い高身長なことで意気投合したのですが、彼女は「お気に入りの漫画を貸してあげる」と言って、後日漫画をどっさり学校へ持ってきました。“魔天道ソナタ”というツンデレ天使とデレデレ悪魔の耽美でシリアスなラブストーリーでした。どちらも男性に見えます。またです。
 
同じ頃、バイト先で会った女の子と遊びに行くことになりました。彼女が紹介してくれたお友だちは全員その方面の趣味の方で、そこでわたしは彼女もその趣味の人だったということを知りました。わたしは彼女と連れ立って小規模イベントにいくつか顔を出し、同じブースに買うものがないので他をぶらぶら見て回ったりして遊びました。
 
ある日駅の連絡通路を歩いていたら「いやだぁああ! 変な人がいるううう!」という悲鳴が聞こえました。何事かと思って見てみると、悲鳴を上げた女性の手首を男性が掴んでいます。白昼堂々人ごみの中の出来事なのに、誰もそばへ行こうとしません。
 
わたしは気になって足を止めてそちらを眺めていましたが、背後から「あのお姉さん、だいじょうぶでしょうか」という声がして振り返りました。黒髪にぱっつん前髪のメガネっ子が眉根を寄せています。
「どうでしょう」
「男の人、知り合いじゃないみたいですよね」
「行ってみましょうか」
わたしたちは怯えるお姉さんと憤慨している男性のそばへ行き、事情を尋ねてみることにしました。どうやらアンケートと称して宗教の勧誘をしているお姉さんを、通行中の男性が咎めて騒ぎになったようでした。
その後わたしと通りすがりのメガネっ子はしばらくあちこち歩き回るはめになったのですが、このころにはわたしの眼識は上がっていたので、彼女がそちらの世界の方だということはすぐ分かりました。
「あの、漫画好きですか」
「なんで知ってるんですか」
嬉しそうなメガネっ子。好きそうな漫画を幾つかあげるとドンピシャです。メガネっ子は「こんどデートしましょうね!」と朗らかに言い残して去っていきました。
 
資格を取ろうと二ヶ月ほど学校に通ったことがありました。隣の席にいた女の子が、最終日にお茶を飲もうと誘ってきました。彼女はアニメーターで、やはりそちらの世界の方でした。
 
学校を終えて、結局資格は取らずにその関係の仕事を始めました。職場にはディズニーランドの年間パスポートを持っている人がいて、持ち物をディズニーグッズで固めていました。彼女はたいへん内向的で生真面目な人として知られていました。事実最初のうちは挨拶を返してもらうのも難しかったです。
「休みの日は何してるの? 趣味は?」
「アニメかな」
「好きなアニメはやっぱりディズニー?」
「ディズニーも見るけど…知らないと思う。今はやってないし」
「古いアニメなの?」
「ゴッドマーズっていう…」
「“兄さんは俺のものだ”」
「どうして知ってるの」
その日から彼女は打ち解けて話をしてくれるようになり、ゴッドマーズサークルに所属していたころの会誌に掲載された二次創作小説や、大学ノートに書きためたポエムを持ってきて見せてくれたりしました。
マーグ役の三ツ矢雄二ファンのクラスメイト相手に陰湿な喧嘩をしたこと、マーズ役の水島裕のコンサートで佐久間レイとの結婚発表に打ちのめされ、ポスターを破って泣き明かした夜のこと。その職場にいた間、彼女とは漫画とアニメの話で多くの不和を乗り越えました。鳥どこ? 鳥どこ?
 
まだあります。
非常に厳格な道徳基準を持つガチガチの集まりに出席したときのこと。わたしはたまたま隣り合わせた初対面の男性に話しかけ、その男性の知り合いの女性も加わり、三人でひとしきり固い話をしました。彼はとても爽やかで少し地味めな好青年で、彼女は少し時代遅れのきちんとした服装に清楚なまとめ髪の、やはり真面目そうな人でした。
やがて話題はお互いの住まいや趣味の話に。青年は私の質問に多少モニョりながら、実は漫画を読むのが好きなこと、それは少女漫画であること、子供向けなので恐らくわたしはその漫画を知らないと思うことを話してくれました。いくつか質問をしてみると、それはたまたま妹が読んでた集英社の“りぼん”に掲載された谷川史子の“君のこと好きなんだ”であることが分かりました。作者とタイトルを上げるわたしに驚く青年。青年との付き合いがそこそこある同席した女性はさらに驚いています。少女漫画を読んだりするなんて、知りませんでした。
「いやー…実は読むんですよ、時々」
「漫画、読まないんですか?」
「…はい、今は…。」
モニョる女性。
「描いていたことも、あって…」
「同人ですか」
「…ここでそんな話していて、いいのかなあ」
彼女はあの世界に住んでいた人でした。すでにご結婚されていましたが、ご主人には完全黙秘で通しているそうです。
 
キリスト教を信奉しており、忙しく伝道に携わっている友人がすっかり沈んで悩んでいました。でも
「言ったらぜったいに軽蔑される」
と言って、何があったのか話てくれません。
「また何かキリスト教に反する漫画読んでるの?」
「漫画じゃない」
「BL?」
「なんで知ってるの」
名探偵コナンが中々終わらないので、ムシャクシャして小説を読むことにした。表紙を描いていたのが少女漫画家だったので、中高生向けの気軽な小説だと思って買った。まったく予想外だったのでショックですぐに捨てた。忘れられなくてまた買った。じっくり読んで、神に祈ってまた捨てた。そして新しいのを買ってきた。捨てたけど、たぶんまた買う。なぜなら我が家はブックオフの近くにあるから。どうしたらいいのでしょう。
 
転居してきたご近所さんが「うちの娘はおかしな趣味があるから紹介できない」と言いました。会ってしばらく話をしてみると“ブリーチ”ファンの男装レイヤーさんで、やはりその世界に生きている人でした。彼女は去年声優オタの男性と結婚しました。
 
この遭遇率を考えると、男×男を愛する女性は腐女子というより普女子なんじゃないか。
山もなく、落ちもなく、意味もないお話です。

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