そよ風のレイプ願望と強姦の違い 前編

年上の内気な独身男性から雰囲気のあるお店に誘われ、お食事をしている最中に「あのさあ、こんなこと聞くのアレなんだけど、女性ってレイプ願望あるっていうよね、あれ何でなの?」と聞かれ、一言で答えられなくて便箋数枚にまとめてお返事したことのあるはてこです、こんにちは。「わたしをレイプしたいですか」って一言で答えればよかった。はてこったらほんとネンネなんだから。
 
ところで一口に「レイプ願望がある」と言っても、男性が言うか女性が言うかでその意味は変わってきます。女性がレイプ願望があるという場合、犯されるのは女性という暗黙の了解があります。その気のない男を力づくで犯したいと思っているとはあまり思われません。一方男性がレイプ願望があるという場合は、一般的に男性がレイプする側です。同性愛者のみなさんの間ではこのような受動、能動のタイプはもう少し複雑かもしれませんね。
 
さて、男性が女性に圧倒的な力で蹂躙され、屈辱的に犯されるポルノの需要は、あまり高くないように思えます。レイプポルノを見ている男性が、レイプされる女性に感情移入しているというケースはあります。しかし男性が女性に強姦されるポルノを探すのは、女性が男性に強姦されるポルノを探すよりずっと難しいことは確かです。
 
エッチで強引な看護婦や女教師が、男性に性行為を強要するという設定のポルノはあります。しかしいわゆる女性が被害にあうレイプものと違って、彼女たちは性行為を強要する男性の自由を奪いつつも、痛くしないよう、苦しめないよう、大事なところでは男性の面子を潰さないよう配慮します。「痛がれ、 熱がれ、苦しがれ、この白豚」と微笑む女王様はSMの国でのみお姿を現されるのがふつうです。それにいやしくも女王様と敬われるお方であれば、下々の面子や痛みにとらわれることなく、御心の命じるままにお振る舞いになられるのは当然です。
 
一方男性が女性をレイプするポルノでは、男性は王様である必要はありません。ご主人さまくらいで上等、男なら誰でもレイピストとして適役と認められます。それどころか女を犯す側は社会的地位が低く、不潔で、卑しければ卑しいほど歓迎という声も少なくありません。浮浪者集団に女性が犯されるAVはジャンルとして地位を確立しつつあるのではないでしょうか。
 
当然そのような市井のレイピストたちは女王様や看護婦や女教師と違い、知的教養を示すことも、高度な遊びとしての官能的な演出をしてくれることもありません。女性は不自由で屈辱的な体勢を強いられ、物理的に体の自由を奪われ、精神的にも肉体的にもひたすら苦しめられます。ストーリー仕立てのポルノでは強制的に売春させられ、家族に裏切られ、監禁され、罵倒されます。小説や漫画など自由度の高いフィクションの場合、肉体改造と称して四肢を切断されるなど三面記事を賑わすような展開も待っており、最終的には死ぬか廃人になるところまで行く場合もあります。これがいわゆるレイプものです。ここまではよろしいでしょうか。
 
では「レイプ願望」、またレイプ・ファンタジーとは何でしょう。レイプされたい願望をもつ女性は果たしてどの程度のレイプを望んでいるのでしょうか。また男性にはレイプされたいという願望はないのでしょうか。
 
レイプという言葉には強姦という意味だけでなく、略奪、破壊という意味があります。人を強引に支配することをレイプする、と表現するのはこのためです。またかつては誘惑を意味する語であったそうです。
 
誘惑ですよ、誘惑。“そよ風の誘惑”という歌がありましたが、これなんかあくせく生きてるところを「ね、ちょっとゆとりをもってみない?」と誘ってくる歌です。「うーん、のんびりしてる場合じゃないんだけど、ちょっと惹かれちゃうよ、いけない人だね」みたいな。これがレイプなら歓迎する人は多いでしょう。いまの自分を捨てて、生きたいけれど生きられないほんとの自分として生きるように誘惑されたい。誰かがそんな風に自分を略奪し、破壊してくれたら。わかる、わかるわその気持。
 
「女性にはレイプ願望があるっていうけど、あれなに?」と聞かれた私は、食事に誘ってくれた男性にこんな手紙を書きました。「レイプ願望とは強姦されたいということではなく、深い仲になりたいけれどリスクは負いたくない、責任を取りたくないという気持ちのことじゃないかと思います。だから求められているのは強引で、強姦ではないと思います」。そして最後に「ちなみに私にはレイプ願望はありません。」と書きました。余計なことを書いたものです。私も彼を憎からず思っていたのに。私は遠回しな話がまるで通じない娘だったのです。
 
そよ風のレイプ願望と強姦の違い 後編