Loveはあせらず

東京都条例による漫画の表現規制問題に関する白熱した議論に身の危険を感じ、一時身を隠しているはてこです。こんにちは。ごめん、うそ言った。本当はこんな話題が持ち上がる一ヶ月前から飛行機の予約をしてた。投宿先では和牛ステーキを食べたり、赤牛の溶岩焼きを食べたり、百グラム1500円という寿命が伸びるんだか縮むんだか微妙な馬刺しを食べたり、霜降り牛のすき焼きを食べたり、シャンパンを飲んだりしています。馬刺しうめえ。
  
さて、暇に飽かせて映画“ドリームガールズ”のDVDを見ました。私は一昨年の正月に、大好きなダンス紳士クリストファー・ウォーケンが出演する“ヘアスプレー”を楽しい娯楽映画だと思って劇場に観に行きました。ところが蓋を開けてみたら実は“ヘアスプレー”は肥満差別と絡めたアメリカの黒人差別を描いた社会派映画で、私は「今年一年どう生きるべきか」と深く悩みながら帰ってきました。心浮き立つメロディーと、いかにも元気そうな女の子が予告に出てきても油断は禁物です。ということで、今回もある程度覚悟はしていました。
 
ドリームガールズ”はセクシーでキュートな黒人の女の子三人組シンガーのサクセスストーリーです。しかし案の定、そこにはシリアスな人種差別との戦いがありました。黒人が作ったホットな歌は白人お坊ちゃんソングとしてパクられる、講演先のステージでは司会者が黒人蔑視丸出しのジョークをいう、それを見た上品ぶった白人のお客は大ウケ。いくらビッグになろうとも、白人サイドは断固として黒人を認める気がありません。一方黒人シンガーたちは、若者受けするお気楽なラブソングから徐々に恋愛になぞらえた社会派ソングを作るようになり、暴動やベトナム戦争など深刻な問題を歌を通じて世に問うようになります。
 
私がこの映画を見たいと思ったのは、恐らくモデルになっているダイアナロス&シュープリームスの歌が大好きだからです。特にフィルコリンズもカバーした“You Can't hurry love”は大好きで、未だまともに歌えないのにカラオケに入れてしまうほどです。邦題は“恋はあせらず”。歌詞はこれyahoo知恵袋の和訳
 恋に憧れる夢見がちな少女の訴えと、母親の“You can't hurry love”、恋はあせっちゃダメよ、という諭しをなんども繰り返すこの歌。弾けるようなリズム、憧れと期待、それが叶えられないもどかしさ、深い洞察力のあるママの言葉。それを明るく歌い上げるシュープリームスの声を聴いていると、踊りだしたいような気分になるのになぜか切ない。私はフィルコリンズも好きなのですが、彼がカバーしたこの歌にはそこまで心を動かされません。フィルコリンズの歌からは「あーあ、まだ彼氏ができないよ」とボヤくお嬢さんを「ふふふ、恋っていうのはね」と大人らしくいなす母親が浮かびます。お母さんにとって娘の気持ちは過去のものです。ふーむ、たいしてアレンジされていないのに、この緊張感の違いはなにかしら。
 
ドリームガールズ”を見たあと、私はふと「このLoveは恋愛ではないかもしれない、彼女が待っているのは恋人ではないのかもしれない」という気がして来ました。白人優位の男性社会で生きてきた白人男性フィルコリンズが歌う“You can't hurry love”と、黒人差別、女性蔑視に抑圧されてきた黒人女性であるダイアナロス&シュープリームスたちが思い描いている“You can't hurry love”のスタンスはだいぶ違うんじゃないか。
  
“わたしにはLoveが、Loveがとっても必要なの
 なのになかなか手に入らない”
 
黒人は白人の既得権益を脅かしていると考えられていた社会で、黒人が白人からの支持を得るのは容易なことではなかったでしょう。言うまでもなくそれはたいへん不当なことですが、白人を打ちのめすのではなく納得させるには、ルールに則って“give & take”の“ゲーム”をフェアに戦わなければなりません。“love don't come easy”なのです。
 
聖書に「愛する者の負わせる傷は忠実であり、憎しみを抱くものの口づけは懇願されるべきもの」というソロモン王の言葉があります。
愛情に基づく信頼関係があれば、たとえ痛いところをつかれても、それを口にしてくれた忠実な友にいつか感謝する日が来ます。一方敵対関係にある人、憎しみを抱いて当然な間柄にある人からのやさしい口づけを得るのは、容易なことではありません。それは実際なんども粘り強くこちらの意見を主張し、理解を懇願してこそ得られるものなのです。何らかの誤解がある場合は特にそうですし、相手が悪感情に支配されているならなおさらです。
 
しかしあせってはダメよ、と言われた少女はもどかしげに訴えます。彼女にとって現状は「そうね、ちょっとは我慢しなきゃね」というレベルではないのです。
 
But how many heartaches
Must I stand before I find a love
To let me live again
Right now the only thing
That keeps me hangin' on
When I feel my strength, yeah
It's almost gone
I remember mama said:
 
でもどれほどの心の痛みに耐えなきゃいけないの
私を生き返らせるloveをもう一度見つけるまで
私が強くいようとしがみついてきたたった一つのことさえ
もう消えてしまいそう

でもあたしママの言ったことを思い出すの
 
You can't hurry love
No, you just have to wait
She said trust, give it time
No matter how long it takes
  
“あせっちゃだめよ。待たなくちゃ”
“信じなさい。どんなに長い時間がかかっても”。
 
彼女の心は孤独で破れそうで、時を待つのは簡単なことではありません。ママは彼女の苦しみを知っています。ママもやはり長い間その時を待っているのです。
シュープリームスがどういった背景でこの歌を歌っていたのか、現時点で私は何も知らないのですが、私はママの“Loveをあせっちゃダメよ。待たなくちゃ。Loveは簡単に手には入らない、それは与え合うゲームなのよ”という言葉を、あらためて肝に命じました。
 
loveが簡単に手に入らないとき、あせってはダメよ。いいえ、待つのよ。それは与えあうゲームなの。信じなさい、どんなに長い時間がかかっても。聖書にもあるように、愛は辛抱強いのです。