そばかす、巻き毛、ワキガ

「そばかすなんて 気にしないわ」という歌をご存じですか。おてんばいたずら大好き、ブログを書くのも大好き、わたしははてこ。シミは少し気にします。
 
シミそばかすは美白しましょう、と美白至上主義な昨今の美容業界では、ソバカスは嫌われもの。「はてこのママはお化粧しなくてもきれいだよ」の私の母は、ジュリア・ロバーツアン・ハサウェイ系の、秀でた額と薄い唇にくっきりとした二重、真っ黒なくるくる巻き毛という日本人離れした顔をしています。戦後間もないころは、よく子どもたちが後ろからつけてきて「ガイジン!ガイジン!」と囃し立てられ、辛い思いをしたそうです。
 
母は自分の癖毛がキライで、若い頃は髪をまっすぐに伸ばそうと、洋服用のアイロンにタオルを当てて火傷をし、その後もヘアアイロンや癖毛用シャンプーを見つけては、一縷の望みをかけて涙ぐましい努力を続けています。ところがこの癖毛はどんなパーマでもこうはいかないという絶妙のくるくる具合で、母のくっきりした輪郭を縁取る黒い巻き毛はショートでもロングでも、テンプルちゃんのような、また幼少のみぎりの美智子さまのようなかわいらしさを添えているのです。でもやなんだって。
 
さて、混血と間違われるほど色白の母の顔にはそばかすがあります。墓石のように冷たい女である母ですが、薄茶色のそばかすを浮かべて微笑むところは、外遊びから帰ってきた子どものような健康的な魅力があります。母は人並みに美白に興味があるようですが、そばかすがすべて消えてしまわなければいいな、と私は思います。あんなにかわいらしいものがなくなってしまうなんてもったいないです。
 
でも、世の中には生きていくのが辛くなるような量のそばかすが、春先の田んぼに咲くレンゲのようにところかまわず元気よく浮かんでくるという人もいます。そんなとき、発達した美容科学はどんなに助けになることでしょう。私はなんちゃってストレート黒髪ですが、雨の日には「自分も母の子なんだ」と痛感する縮れ髪になり、雨の日もお人形みたいにまっすぐだったら気分がいいだろうな、と思います。そばかすも癖毛も自分好みとは限りません。ワキガもそうです。
 
ライアル・ワトソン著「匂いの記憶」によると、男性にとっても女性にとってもワキガは異性にアピールする上で欠かすことのできないものです。ナポレオンはワキガをスパイス箱と呼び習わしたと言われています。スパイス箱は癖毛やそばかすと一緒で、親からもらった大事なものには違いありませんが、必ずしも自分好みとは限りません。日本は全体に自己主張しないことが好まれますから、スパイス箱の香りはかすかに流れてくるくらいが好まれます。日本人の90%以上は知覚可能なワキガがないとワトソン氏は言いますが、そんなことありませんよね? ワトソン氏はアフリカ系ですが、日本人は香の香りを聞いて遊んだりするくらいなので、他国と比べて匂いに敏感なのかもしれません。ですから他国ではすばらしい旋律と調和のあるワキガでも、日本ではちょっとシャワー浴びてくるわ、ということになります。
  
スパイス箱のスパイスは音楽のようです。眼には見えませんが、部屋の雰囲気を左右し、その場にいる人の心を動かします。ワキガを音楽に例えるなら、その善し悪しは旋律、調和、ボリュームに左右されます。旋律もよく、調和のあるスパイス箱の室内管弦楽は実にセクシー。よいスパイスが人に及ぼす影響は実にロマンチックでエキサイティングなものです。女の子の香りは女の子の体から出ます。DSに制汗スプレーしてもなんかちょっと違う、というのはこのためです。同様に男の子の匂いは男の子から出ます。性別を意識しない友情で結ばれた男女であっても、ふとしたときにそのメロディに気づいたなら、相手の性別を意識せずにはいられません。男性からはかならず男性のワキガが、女性からは必ず女性のワキガがするからです。たとえ自分では性別を超えて仲間になったつもりでも、無口な彼のワキガは彼が男だということを雄弁に語ってくるのです
 
ワキガがモノを言うのはこういう時だけではありません。夫が疲れて帰ってくるとき夫より先に「疲れた、特に精神的に疲れた」とか「今日は体がまいった」とか、玄関先で私に訴えてくるのはワキガです。なんだか犬のような妻ですが、人の体からはその人の状態、喜怒哀楽が香りになってただよってくるものなのです。夕方の満員電車で押し黙る人々の中にあっても、ワキガたちは盛んに今日のことをしゃべり続けているのです。
 
もしもこのワキガのお喋りが聞くに耐えない(香りを聞く、と表現するのは興味深いことですね)場合は、制汗スプレーでボリュームダウンしたり、消臭スプレーで黙らせたりすることができます。もちのすけは以前毎朝Ag+を使っていました。でもあれは缶が出るので捨てるときやっかいです。
 
もちのすけのスパイス箱の楽団は、頭が痛くなるような苦々しい曲、心ではなく眼に染みるような曲を部屋中にアピールするのがすきで、しかもオーケストラ編成でした。おまけに演奏しながら今日一日の出来事を語るのも大好きで、彼らのとばす唾でもちのすけのシャツの脇がまっ黄色になったこともありました。
 
犬のような鼻を持つ妻と、自己主張の強いスパイス箱を持つ夫は、互いに歩み寄るための策として、数年前から プリマサリラペソープを使っています。美白効果を狙って使っていると友人に聞いて買ったこの石鹸、実は女性の性器の香りを抑える目的で作られたものだそうです。ベルンハルト・シュリンクの「朗読者」には「彼女のそこはいつも新鮮な果物の香りがした」という一節がありますが、果物もいろいろ。人によって好みに合わないこともあるのでしょうね。
 
消臭効果があるならもちのすけが使えばいいんじゃない? と思って使い始めたところ、これがたいへんよく効きました。オーケストラは暇を出されたらしく、現在は箱の中で音階調整をする人が何人か残っているだけです。眠れない夜、私は眠っているもちのすけの腕の下にもぐりこみ、子どものころ眠っている父にしたように脇の匂いを嗅ぎます。父のワキガは夏の日向の匂いがしました。もちのすけのワキガは、かすかなかすかな花の香りがします。