パパは何かを知っている

「比喩が多すぎる」というコメントと、「DV親父にしてこの子あり」というコメントが多々見られるようになりました。当時新聞で日本のテキサスと呼ばれた炭鉱の町で育った父。そうですか。今度は父ですか。
 
父と私は確かにとてもよく似ています。父と弟と私は書き分けの出来ない漫画家が描いた絵のように似ており、笑うとまるでハンコ絵です。また父は夫婦喧嘩の真っ最中、母に「お前は墓石のような女だ!」言ったことがあります。「冷たくて、四角四面で、面白みがない!」父に負けず劣らず激昂していた母は「なるほど!」と感心せざるを得なかったと後年私に語りました。
 
父は去年脳梗塞で倒れました。生来負けん気が強い父は意地で体を動かしたようで、以前と同じようにはけして出来無いなりにあちこち仕事にも出かけています。先日妹から電話があり、「新宿に来ている父が食事をしたいと言っている」というので会いに行きました。父は喋らせるといつまでもいくらでも話す男で、子どもの話しにはおよそ聞く耳をもちませんでしたが、今は肉体的に文字制限が出来たためぽつりぽつりと間を取りながら話します。
 
私は少し前に長年属していたある組織から身を引きました。
長い間、私の思想は宗教観、倫理観、政治思想に到るまで親族と大きく異なり、父はその組織をよく思いませんでした。父に限らず親戚一同は長い間表立っては嫌味をいい、影では私のことをボロクソに言っていたので、私は自分が組織から身を引くと決めたとき、親族が大いに得意がるだろうと思いました。ほらみたことか。ところが妹からその話しを聞いた父は、思いがけず私に会いにやってきたのです。
 
私たち三人は新宿のホテルの静かなレストランで中華料理が来るのを待っていました。
父はややたどたどしく料理を頼み、昼間っからビールを飲み始めました。そしてふとこちらをまっすぐに見て
「おまえ、やめたんだって?」
と言いました。
「うん」
私は父からなぜその組織をやめたのか、これからどうするつもりなのかを聞かれると思い、頭の中で考えを整理していました。父は間をおきながら、続けて言いました。
「あのな、俺が映画作ってたとき、まわりはぜんぶ左翼だったよ」
父は若いころ東京で助監督の仕事をしていました。学生運動華やかかりし頃です。
「あそこは、みんなそうなんだ。すごく。でも俺は、途中でちがうと思ったよ」
「俺は、ほかを認めないっていうのは、いちばん嫌だ」
「俺は、それで、あそこをやめた。そのときは、友だちもいっぱいなくしたよね。それこそ、いろいろ言われた」
「でも俺は、どうしても、そう思えなかった。だから、やめた」
「信じていたものを、やめるのは、たいへんなことだ。俺には、それがよくわかる」
父はそれきり黙りました。
 
その映画監督は表現の自由を求めて裁判で戦った人で、父は今でもその人を恩師と仰ぎ、家でDVDを観ています。父は政治関係の本が好きで、家でもよく政治の話しをしますが、政治思想に絡めてその監督を誹謗したことは一度もありませんでした。それはそれ、これはこれです。
 
父の女癖や飲酒癖、暴力癖は父の人生を損ないました。私はそれらが父自身を損なわなかったことを、とてもうれしく思います。私は父の遺伝的特質を外面でも内面でも強く受け継いでいます。墓石のような母の血も流れています。それは私の誇りです。私は父をひとでなしと思うことで自分の人生を、そして自分自身をダメにしなくてすんでほんとうによかったと思います。
 
人を二分し、宗教観や政治思想、好みのジャンルやカップリング、属するコミュニティや地域、性別、人種の違いで断罪する損失は、とても大きいものです。ルイス・キャロルは紛れもなく小児性愛者ですが、私は彼の作品、彼が少女たちに当てた膨大な手紙、彼の写真がすきです。けれどもしも私が彼の時代に生きていて、彼が私の身近な少女にとって安全でないと感じたなら、間違いなくなんらかの手をうったと思います。それは彼の人格を否定するものではありません。またもちのすけと私はよく車の中でQueenの"I was born to love you"を大声で歌いますが、フレディ・マーキュリーの乱脈で危険な同性愛については否定せざるをえません。けれども彼が人を愛する気持ちを誰が否定できるでしょうか。
 
「パパがさ、喧嘩をするときは雑魚を相手にするなって言ってたよ。力が分散されちゃうから。親玉を見極めて、そこに力を集中しろって」
と、妹が今日、寄せられた大量のコメントを眺めて言いました。親兄弟というのは人生の要所要所でだいじなことを教えてくれます。私には私が信じるたいせつな信条があります。私はそれをこれまでも明らかにして来ましたし、今後も折に触れお話していきたいと思っています。ブクマ弁慶、増田弁慶、通りすがり弁慶としてぎゃーぎゃーわーわー言っても無駄です。論争というのはお前の母ちゃんデベソというレベルのものではないのです。人の心も動かせないで、どうやって法案を動かすつもりですか。
 
人間だもの。 〜誉めることと認めることの違いについて。
ブクマ弁慶