三度の飯より暴力が好きという人へ

オタク自認のある人の中にはものすごく自己否定が強い人がいる。生まれてすみません、生きててごめんなさい。それが裏返って、生きてたら悪いのかよ、いま俺を否定したね? いや、した。絶対した、みたいに過剰防衛になってる人もいる。君たち、女の子がいるところで女の子への暴力を公然と楽しむのは無神経よ、と書いたらこういう人が大勢現れたので驚いた。なんでだよ。“男は原罪”って風が吹いて桶屋が儲かっちゃってるよ。
 
車で走っているとバイクが怖い。左折するとき巻き込みたくない。こっちが最大限気を使っていてもバイクが飛び出してきたらたいていバイクが負ける。そして事故になったら8:2くらいで車を運転してる側が悪いという判定になる。渋滞してるときはバイクいいよなと思う。ガソリンも税金も安くてバイクいいよなと思う。暴走族に囲まれると怖い。部屋の中でバイクの爆音を聞いているとバイクうざい。
 
もちのすけが自転車通勤に憧れてロードバイクの雑誌を見ているとちょっと心配。車道には自転車が走る場所はないように見える。でも自転車が歩道を走るのは歩行者にとって恐ろしいことだから、ロードバイクはやっぱり車道を走らないといけない。
 
男性と女性の体格差を、普通車と軽自動車くらい違うと書いた。でも、車とバイクくらい違うんじゃないかとも思う。自転車が子ども、歩行者は乳幼児。賑わう商店街の中を車でそろそろ通るのは、幼児の群れの間を歩く大人みたいだ。歩行者優先。車は人に気をつけて、人は車に気をつけながら歩く。
 
車がバイクを怖いと思う気持ちと、バイクが車を怖いと思う気持ちがある。それは少し違う。
男だって女が怖いだろう。誰だって信号待ちにバイクに囲まれて蹴られたりしたくない。男同士でも男が怖いことはとうぜんある。車同士でもダンプに幅寄せされたり、車間開けずに迫ってくるのは怖い。スピルバーグのデビュー作"激突"は自分の車を追いかけてくる不気味なトラックの話しだけれど、あれはストーカーに似ている。
 
私はバイクに乗らないけれど、バイクが車を怖いと思う気持ちを、自分が自転車に乗るとき車が怖いと思う気持ちと似ているんじゃないかと想像する。人が怖いと思ってるものを理解するのに、自分が怖くないものを持ち出しても話にならない。車がバイクを怖いと思う気持ちとライダーが車を怖いと思う気持ちは違うと思う。道路はみんなのものだから、お互いに気を付けて走らなければいけない。
 
暴力性があるということは、人に脅威を与える権利があるということではない。
娘を連れて"隣の家の少女"を見に行って、さて春休みだけど、お前を精神衰弱気味の知らないおばちゃんに預ける予定だ、というのは無神経だ。制限速度内だから違反じゃないと言って狭い道路で自転車やバイクすれすれに走る人は脅威だ。
 
大人になるというのは、こういうことを理解していくということだと思う。人を撥ねなかったらいいということではない。
慰められたいのは脅威を与えられた方ではなく、弁解したい側。それは弁解にならないよ、というお話。

私は暴力より三度のご飯の方がすきです。
 
被害者は私だという全ての人たちへ 404 Blog Not Found
404 Truth Not Found... 消毒しましょ!