表現規制に対してはてこ先生はこう言った

エロゲの陵辱規制について書いたら東京都の条例とかぶってしまったのでこれの続きを書きました。
 
「教頭先生はいらっしゃいますか」
「ああ、はてこ先生。教頭先生はいま教育委員会の会議で外出中です」
「わかりました。では、例の持ち物検査の件で保護者と面談することになりました。同席をお願いしたいのですが」
  
バン!
 
「待ってください! 彼は悪い子じゃないんです」
「ヨウゴ先生・・・これは一体・・・まあ泣かないで、さ、こちらに座ってください」
「すみません、校長先生。わたし、彼のことが心配で・・・どうしても誤解を解いて欲しくて」
「そういえばヨウゴ先生は彼のクラブ担任でしたね」
「はい、彼はほんとにやさしい子なんです。本当にレイプなんてする性格じゃありません」
「ええ、私も大人しい生徒だと思っています」
「それにはてこ先生は女教師レイプモノが嫌かもしれませんけど、あの・・・私は嫌じゃないんです。むしろ・・・あの、けっこうそういうのって・・・いいなって」
「ほらほら、はてこ先生。女性の中にもレイプものに嫌悪感を抱かない人だっているんですよ」
「ええ、AVは人をその気にさせて何ぼですから、AVを見て悪くないと思うのは自然な反応だと思います。レイプものに嫌悪感を抱かない女性も、レイプものに嫌悪感を抱く男性もいます」
「そうです、AVを見てその気になるのはきわめて健全な反応です。それに私も、先日は感情的だったかもしれません。“緊縛ダルマ親父2”、あれも、まあ…なんというか・・・なかなか悪くないかもしれません。人の性的な嗜好を差別するのは、よくない」
「校長先生、確かに緊縛や電マについては個人的な趣味嗜好の問題だと存じますが、レイプは性的な嗜好ではなく暴力です」
「あの、でもはてこ先生、私は、見たくないものには蓋をするっていうのは、よくないと思うんです」
「そうですね。私もレイプの実態や被害に蓋をして扇情的な部分だけ切り取って見たがるのはよくないと思います」
「いや、はてこ先生。それは違う。そんな部分をAVに入れたらAVとして成り立たなくなります。AVにそういう部分がないのは当たり前です」
「もちろんです。AVは現実を教えるためのものではありませんものね。生徒には現実を教える必要があります」
「そんなの一方的です、はてこ先生がそういうものに嫌悪感を抱かれるのなら、見なければいいじゃないですか。生徒の心の中まで規制するのは行きすぎです」
「私たちは誰も人の心の中を規制することはできません。私は彼が暴力的な性描写を楽しむ流通経路に触れていることを危惧しているのです」
「それなら言いますけど、あの、はてこ先生はそういう映画や本を見ていらっしゃるんじゃないですか? 先日も何かそういう映画が上映されるって・・・」
「隣の家の少女?」
「そう、それです。少女が嬲り者にされるって・・・」
「あれは児童虐待の闇に迫る衝撃的な作品だと思っていますが、性的な興奮を得る目的で作られた扇情的な映画だとお思いですか? 何なら一緒に観にいきますか」
「ははは、はてこ先生。あのくらいで驚くのはまだ子どもとしかいいようがありませんね。あのくらいエロゲではふつう・・・」
「え?」
「え?」
「あ・・・」
 
Q&A
 
「大人が子どもに何を見せるべきかを選択して押し付けるべきではないし、子どもから現実を隠すことは望ましくないですよ。小児性愛者は現実にいるし、未成年と性関係を持つ人もいるんですからね」
「そうですね、そういった現実は児童虐待と犯罪という観点から扱ってしかるべきだと思うんです。当座の性的な快楽を得る目的で暴力行為を加害者視点で描く作品が蔓延することが、子どもに“現実を見せる”役に立っているとは思えません。読者がそこから生身の体が負う怪我や妊娠や生涯にわたる精神的ショックについて学んでいるとも思いません」
 
「しかしそのような関係でしか性的な興奮や満足を得られない性的な弱者ともいえる人々にとって、そのような作品は必要不可欠です」
小児性愛と強姦は性愛のひとつの形ではなく明確な暴力ですよね。暴力的な描写に耐性がつき、そのような描写を探し求める依存状態にある人、また本当に暴力によってしか性的な満足が得られない人は第三者からの助けや、何らかの治療が必要かもしれないと思います。そういう人に暴力的な性行為を描いた作品を与え続ける責務が社会にあるとは思いません」
 
「はてこ先生は表現規制に賛成なんですね?」
「政府が有害なものを規制することはこれまでもあったことですし、それ自体は法治国家としてあるべき姿だと私は思います。問題は今後どのような形で規制するのかでしょうね」
 
表現の自由についてどうお思いですか」
表現の自由とは表現したものが及ぼす影響についての責任を伴なうものだと思います。正当なものであれ、不当なものであれ批判や非難にさらされることもあるでしょう。誰も不当で一方的な非難はされたくないと思いますが、表現されたものに対していっさいの批判や非難をするべきでないとは思わないのではありませんか。私もそうです。そして小児性愛や強姦を娯楽として扱うことは非難されて当然だと思います」
 
「そのような過酷な環境では自由な発表の場を失った表現者たちがのびのび作品を作る機会が失われます。それは世界にとって損失です」
江頭2:50分はかつてこう語ったそうです。
 
目の前で悲しんでいる人を見つけたら何とかして笑わせたい。
そのためなら警察につかまってもいい。寿命が縮まってもいい
 
何のリスクもなしに小児性愛と強姦という明確な暴力表現を社会的に守られながら楽しみ続けたいと言う表現者は、失われても仕方がないと思いますね」
 
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「レイプの好きなボクちんを理解してえ〜」 「キメえから規制しろ!!」 以上w 消毒しましょ!

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