殿をリスペクトするのは正しい

お殿様ならお殿様でいんじゃね? というのを皮肉やあてこすりと思われたみなさんへ。
そんな風に思われたなんてとっても残念ですし、はてこはとっても悲しい土曜日を過ごしました。
意地悪で書かれた方は知りませんが、本気で嫌味だと思った方、はてこはほんとにそんなに悪くない夢だと思っていますよ!
 
うちのもちのすけだって私が世界一すてきな奥さんだと思っていますが、そのことの真偽を争うなんて無駄ですもの。
ずいぶん不毛な新婚時代をすごしたものです。
 
それにね、お年を召した方やご病気を患っていらっしゃる方の中にも、現実に裏付けを見いだせないことを固く信じている方がいらっしゃいますが、たいていの場合その方が信じる世界を基板にお話をした方が、ずっと物事の現実的な解決策がみつけだせるものです。
 
意外に思われるかもしれませんが、私は男は女の頭であり、夫は妻の頭であると信じています。
ですから夫をたいせつにするすべての奥さまの味方でありたいと思っています。
(だからって旦那なんてだいきらい! という方を敵だなんて思っていませんよ!)
 
それで“おばあさんの知恵袋”や“私の保存食ノート”など、昭和初期の婦人用の本を読むと、家庭をよくしよう、夫を敬おうと決意を新たにさせられる記事がたくさんあって、こころ洗われる思いがします。
"嵐の前"や"大草原の小さな家"など、岩波少年文庫に登場する良き夫を良き妻が支える話にはうっとりします。
  
はてこの実家はお話とはずいぶん違い、父はたいへんな権力を行使しておりましたが、けして敬われてはいませんでした。
父は敬われるに値する人間だったか?
父自身その辺あまり自信がなかったようで、常々自分がどれだけ仕事に精力的か、どれだけ力が強いか、どれだけゴルフのスコアがいいか、どれだけ女にモテるかなどなど、付加的な評価をアピールしておりました。
 
しかしですね。自己主張とは自分が立派だとか賢いとか何か秀でたところがあると思わせることではなく、人としての基本的な価値を認めさせることだと書きましたが、父は母にこういった自己主張をすることはとうとう叶わなかったように思います。
 
母は父が暴れているときは嵐が過ぎることしか考えられなかったでしょうし、嵐が過ぎれば復讐の術を考えるのに頭がいっぱいで、そのことに気付けなかったようでした。
また父を溺愛していた祖母も、一人の人間として父には自分の職業や配偶者を選択する自由があり、尊重されてしかるべきだということには思いが至らなかったようです。
 
だけどどんなに酒乱だって浮気性だって暴力僻が目立っていたって、人間なわけですよ。
生きていていい人なんですよ。
殺してやろうかと思いましたが、間違いを犯さなくてほんとによかったです。
  
わたしは父が父親として、夫としても認められるのは正当なことだっただろうと思います。
もしもいいお父さん、いい旦那さんだけが認められ、そうじゃない人は認められないということになったら、いいお母さん、奥さんとして認められる人がどれだけいるでしょう。
そして敬うというのはあらゆる決定に同意し、あらゆる行動に賛同するということではありません。
 
母も祖母も父の衣食住に関しては競うように面倒を見ていました。
でも私は妻が夫にしてやれる最善のことは、夫を認め敬うことだろうと思っています。
だって衣食住なら自分でなんとかできるはずなんだものね。
 
そして妻を愛する夫なら、家庭を顧みるというのはただお金を出すだけのことだとは思わないだろうと思います。
だってたいていの妻は衣食住を何とかするのは夫より上手ですもの。
 
父は後に自分を愛し敬う女性と結婚しましたが、やはり男性がないがしろにされていないというのは見ていてよいものです。
たとえ典型的なDVファザーと意地の悪い(ところのある)継母という組み合わせであったとしてもです!
 
そのような訳で、姑が息子を殿様のように思い、息子が自分を一国の主と思っている、それ自体は何ら問題がないとはてこは思います。
 
どうかどうか立派な殿になっていただきたい、働き者で民衆思いのいい殿さまになっていただきたい。
そして家臣は殿を篤くリスペクトする関係であればいいな。
そう思ってやみません。
 
※王子様はいただけませんが王様や酋長でも長老でも構いません。
 もちろん奥さまを女王さま、大婆さまとお考えになってもよいと思います。
 

広告を非表示にする