先生に埋まっていた地雷

美人と美人意識の高い人のことで、私がこの種の地雷を踏んだ最初の出来事を思い出した。小学校一年生のときだ。
休み時間に担任の先生が教室内のご自分の席でコンパクトを出し、白粉を直していらっしゃった。
私は先生のそばに寄っていって話しかけた。
 
「先生はどうしてお化粧するの?」
 
先生はお答えになった。
 
「きれいになりたいからよ」
 
はてこ6歳は無邪気な笑顔で言った。
 
「はてこのママはお化粧しなくてもきれいだよ」。
 
以来、この先生には三年生でクラスが変わるまで徹底して虐められた。
 
最初の家庭訪問では「お宅のお嬢さんはバカです」と言われ、おしゃべりが過ぎるから口にホッチキスをすると口元までホッチキスを持って来られたこともあった。
幸か不幸か、当時の私はどんなにやられても先生の憎悪に甚だ鈍感だった。
半べそになるぐらいまで叱られても、その場を離れるとすぐ笑顔になるので「反省してない」と呼び戻されてまた叱られた。
 
いま思うと私は世界に対する子供らしい強力な信頼で学校や先生を見ていた。
二年間たいへんな屈辱を味わっていた母は無邪気に先生の誕生日プレゼントを用意したりしている私にたいそう苛立って怒っていた。
私は母が何を怒っているのかこれまたよくわからなかった。
 
この先生は五年生のときにクラブ担任もしていただいたのだけれど、クラブ活動の時間に
「あんたは一年のとき、あたしに“ママはお化粧しなくてもきれいだ”と言った」
と何度も何度も仰ったので、私はようやく先生の恨みと憤慨を理解したのだった。
 
先生は唐の昔にご結婚され、二人のお子さんを立派に育て上げ、お孫さんがいらしてもおかしくないお歳だった。
それでも5年間、6歳児の母親自慢が許せなかったのだ。
女性の外見に対するコンプレックスはかくも根深い。
  
母はほんとに顔だけが取り柄みたいな人だったけれど、これを人さまに言うときは
「私は父親似なんですけどね」
と付け足すというのが私が先生から学んだ処世術である。

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