弱いものいじめの歌

男性サバイバーからのメッセージを読んで思い出した歌がある。
谷山浩子原作“さよならおもちゃ箱”のラジオドラマの挿入歌で、CD化されていない。
雲の動物たちが蚤を取り囲んで違法な(?)裁判にかけるという場面。
記憶を頼りに歌詞を書いてみる。
 
 ※こちらにアップされてました。9分ごろから。
 

        • -

おびえるやつの周りに集まり ぐるり輪になりそいつを囲め!
なぜだと言う顔で そいつが見上げたら
 
一言だけ(ひとことだけ)
教えてやれ(おしえてやれ)
お前が悪いのは お前が弱いから
(弱いから!)
 
「悪いことなどしていません」だと? 何が悪いかこっちが決める!
とにかく悪いヤツ お前は嫌なヤツ
 
笑いながら(笑いながら)
教えてやれ(教えてやれ)
理由はなんとでも とにかく弱いから
(弱いから)
 
そびえ立つ 弱いものいじめ
めくるめく 弱いものいじめ
すばらしい 弱いものいじめ
あざやかに 弱いものいじめ
ご一緒に 弱いものいじめ
楽しいな 弱いものいじめ
風立ちぬ 弱いものいじめ
限りなき 弱いものいじめ

      • -

 
主人公のリリコは裁判長として蚤に死刑を宣告するよう要請されるが
「弱いものイジメをしてるあなた方は全員有罪」
と宣告する。
リリコが怒りたった雲の動物たちに襲われるところで場面は一転。
実は雲の動物たちは大事にしてきたぬいぐるみだった、というお話。
 
なぜ1987年にラジオで聴いたこの歌をこんなによく覚えているかというと、これまで何度もこういう場面に立たされたから。
 
人を攻撃する人は怖い。怖いから攻撃される側より攻撃する側に周りたい。
やられてるのは“悪いヤツ”なら、犠牲を払ってやられている人を助ける必要もない。
一方“悪いヤツ”を集団で叩くと、正義のために戦ってる感が味わえて、仲間同士一体感ももてる。“悪いヤツ”は八分だ。
そんな中で、孤立無援の“悪いヤツ”である“弱いヤツ”のために大勢を敵にまわして割が合うだろうか。
 
状況をよく見ないで、被害者に向かって「自分の悪いところを直す努力」と軽はずみなことを言う人がいるけど、それはつまり
 
「こちらが属するまともな人間側にいれば、そんなことにはならないはずだ」

ってことだと思う。自分が“悪いヤツ”にされないのは自分の功績だと勘違いしている人。
外見、人種、国籍、性別、年齢や社会的立場を、人はどれだけ自力で獲得できるか、考えてみるといいと思う。
 
善い人が愛される、というのは理想だ。善い人が愛されるためには損得なく善を愛する人で社会が構成されなければならない。
自分がそういう人になろうというのは立派だけど、世界はそういう人で満ちているという人がいたら、やっぱり信じられないよね。
残念だけど。

 
ヒステリックに叩かれる誰かを見たら、叩いている人をよく見ないといけないと思う。
叩かれている人をみること以上に、それが大事なときもあると思う。
叩いている人が自分自身であるときはなおさら。
 

広告を非表示にする