がんばれ、がんばれ

気力体力奮い起こして仕事をするとき、自分で自分を応援する。

 

運動部のランニングのように「ファイト!ファイト!」と掛け声をかけながらメールの返信をしたり、「がんばれ、がんばれ」と言いながら着替えたり、車を運転したりしている。

 

先日甥の運動会を見に行った。声援が飛ぶと選手の顔に力が出る。

 

がんばらなくていい、無理しなくていいというのが時代の流れのようだけど、「がんばれ、がんばれ」はいいものだ。子供たちの声援を聞いているとそう思う。「がんばれ」は「怠けるな、成果を出せ」という意味ではない。「あなたが本領を発揮できるように心から願っているよ」という意味だ。

 

泣きそうな子供、ぐずっている子供をあやして激励するときも、わたしはよく「はい、がんばれがんばれ!」と声援を送る。これは「あとちょっと!よし、もう少し!まー!なんてお利口なんでしょう!本当によくやっている!すごい!すばらしい!」の簡略版で、詳細版を挟みながらよく言う。

 

わたしはわたしを応援する。がんばれ、がんばれ。

そうやってなんとか日々を乗り切っている。

何か成果を出すためではなく、ただ今日自分の人生を生きて、生きているもちおを見るために。どこまでやれるかわからないけれど。

「節税になるから、食べて、食べて」

先週、今週、すごく仕事してる。当社比3倍くらい。

 

仕事以外の家事労働や私的なあれこれが何もできない。仕事でPC使うから休憩しなければと思うんだけど、「ちょっと休憩しよう」でネット以外のことをするにはどうしたらいいだろう。温泉へいくのがPC前を離れるひとときなんだけど、運転していないとスマホ見ちゃう。運転するかな。

 

と、だらだら書きましたが、今日もっとも頭にきたことは自称ヴィーガンが「自分はヴィーガンだから焼肉屋を経営する朝鮮人を批判しても差別ではない」と超理論で差別を正当化してきたこと、そいつの仲間だか取り巻きだかが「反差別は焼肉すきだといってみろ」と挑発してきて、「焼肉すきです」リプライとともに一部焼肉画像が送られてきたら「いじめだ、差別だ、虐待だ」と被害者面しはじめたことです。

 

しかしそれ以上に頭に来たのは、ベクトルは違いますが、その糞ヴィーガン野郎に焼肉画像を送るのは思想信条を差別する行為だとのたまう人々が現れたこと。それが普段人権を守るために戦っている人として信頼している人たちだったことです。

 

これはもう自分メモで非公開でもいい話なので、経緯を書くつもりはありません。がっかりしたし、ムカついた。自国が追い込んだ少数民族の職業を嘲笑して批判されない権利があると自分ちの献立を根拠に言い放つ馬鹿、こういう馬鹿は馬鹿で有害ですがただの馬鹿です。しかし馬鹿の思想を根拠に馬鹿の差別行為への糾弾を差別だなんだという人たちは何なんでしょうか。

 

馬鹿が馬鹿なのは思想信条によるものではなく、馬鹿の性根が腐れているからです。その腐った性根で挑発した結果、リングに上がってきた人に囲まれてピーピーいっている馬鹿を見て、「少数派の思想を玩具にするなんてひどい」ってなんなん、いったい。献立にどんな特殊な思想を持っていようが職業差別をする馬鹿がリングでド詰めされるのは当然です。馬鹿は荒唐無稽なその論拠を批判されたのであって、献立を批判されたわけではありません。

 

わたしが自称ヴィーガンと書くのはこのド腐れ共が自分たちの腐った性根の根拠に「だって俺らヴィーガンだもんね」と都合よくヴィーガンを持ちだし、静かに暮らすヴィーガンの方々を巻き込むことをよしとしないからです。「フェミニストを分断するな、フェミニストは一人一派だ」というあれと混同しているのだと思いますが、「ヴィーガンかどうかを外部が裁くな」といっている人がいましたが、レイシストの性根が腐っている根拠に献立持ってくるのおかしいから識別してるんだろ。

 

このブログの読者の方々はTwitterフォロワーさんとほとんど重なっていませんし、ヴィーガンだから朝鮮人の焼肉屋を種差別者(種として人間と動物を差別している)と呼んでも差別にならないといわれて「なるほどなあ」と納得するような方はそういらっしゃらないでしょう。いたらもう来なくていいからね。

 

なのでこれ以上事の経緯を説明するつもりはなく、これはただただ頭にきたという自分メモです。ちなみにわたしは冷麺画像を送りました。肉画像を送った方の中にはヴィーガンに焼肉を送るのは残酷だといわれてツイートを削除した方もいました。冷麺、肉のってませんけど、わたしはガッツリ肉画像を送っても消さないでいたと思う。肉画像に傷つきますといって気遣いを求めるなら悪質な在日朝鮮人差別を謝罪訂正してからにしろよこのド腐れが。

 

以下のツイートがこの件に関するわたしの気持ちのまとめです。おわり。おやすみなさい。

 

追記

記事のタイトルはいつか言ってみたい言葉です。仕事の話でお茶を濁そうと思って書き始めました。言ってみたい言葉、このほかに「客船の旅もだいぶ飽きてきたわ」「印税が入るまで年収総額が出せなくて」「年収一千万円までは楽しかったけど」など。ヒトデさんはこれ実現していると知ると夢が膨らみますね。 

 

あとは「昔は身体が弱くてねえ」「人を体力馬鹿みたいにいわないでよ」「還暦過ぎても夫婦喧嘩はするよ」「ネットは仕事のとき以外見ないから」「家事って年々楽しくなるね」「銀髪になってから似合う色が増えたでしょ」「新築なんだから気を付けてよ」などもいいですね。いくらでも書けそう。

 

宛先をお間違えではないですか

 そんなの強者男性にいえよ。もう来ないでね。

手書き文字の力

古代ギリシア研究家の藤村シシンさんが講座用に作ったレプリカの銅板に書いた文字に、呪術家の黒川巧さんがダメ出しをしていた。

 

 

 

 

近年わたしは手書きで文字を書く機会が激減している。文字を書くのはスケジュール帳のメモと手紙くらいだ。

 

Amazonの欲しいものリストからたびたびお見舞いを送ってくださる方がいて、感謝の気持ちを伝えたくてレターセットを持ち歩いているが、なかなか書きあがらない。

 

いまの薬は毎週朝から検査をし、診察を待って、数時間かけて点滴をする。朝の通勤ラッシュに出かけ、早ければおやつ時に、遅ければ5時過ぎに終わる。

点滴を待つあいだ枕もとで手紙を書こうとレターセットを広げて書き始めるが、さて、手紙というのは心が浮足立っているときはいつも以上にまとまらない。

 

はじめは院内のレストランや喫茶店へいって飲み物を片手に書けばいいと思っていた。

「点滴中、わたしにここにいてほしい?」

「カフェにいってていいよ」

「いてほしいか、いてほしくないか聞いてるの。どっち?」

「大丈夫だよ、いってきなよ」

 もちおのこういうところがわたしは嫌い。

質問に答えず、質問の意図を裏読みして、望まれているであろう答えを返すところ。

こうした腹の探り合いは定型発達者のあいだでは喜ばれることだと知っている。

でも、家族で切実な要件をやり取りするにはまったくの無駄ではないか。

 

 「いくかいかないかはわたしが決めるよ。どっちがいいか聞いてるの。いない方が気楽で心置きなく眠れるなら出掛けるし、いた方が心強いならいるし」

問い詰められたもちおは弱々しい微笑みを消して、ムッとしながら真顔でいった。

「そんなのいてほしいに決まってるだろ!俺がいつもはてこさんと一緒にいたいの、知ってるだろ!」

「だったらそういいなよ」

わたしはひとりでいたいときに枕もとに人がいたらいやなので聞くのである。自分が眠っているのにもちおが枕もとで起きて待っていたら心苦しい。

しかしもちおは何もすることがなくてもわたしに傍にいてほしいのだ。

家でも、用もなくやってきて隣に座ったり、傍らに呼んで「ここにおって」と懇願することがよくある。

ここにいてほしいと思っている病人を置いてカフェにいきたくない。

病室だって、なんなら手術室だって、いてほしいというならいてやりたい。

 

しかし化学治療室のベッドの枕もとというのは何とも落ち着かない場所である。

椅子に座ってレターセットを広げられるだけの棚はあるが、どうにもこうにも居心地が悪くて、疲れる。

いっそもちおのベッドの隅にわたしも横になりたい。

入院中はときどきそうして横になっていたが、化学療法中は点滴を何度も取り換えるし、邪魔だろうと思う。ベッドは一人分ぴったりの広さしかない。

 

また、病室で書く手紙は湿っぽくなりやすい。お礼の手紙がいつのまにか暗くて重い打ち明け話になってしまい、これはアカンと反故にする。

立派な手紙が書きたい。

読む人が明るい気持ちになる手紙、笑える手紙、元気になる手紙。

 

上手な手紙を書くのは一種の才能だ。

かつてわたしは手紙魔で、数えきれない人たちと文通をした。

手紙は10通出して3通返ってくればいい方で、そのうち1人と手紙が続けば大収穫。

そのくらい手紙の返事は返ってこないものだった。

それでもわたしは暇を見つけてはことあるごとに手紙を書いた。

 

けれども、これだけ努力した割に、わたしの手紙は癖のある字がだらだらと続くまとまりのないもので、後年振り返って燃やしてほしいと思うようなものも多々ある。

大人になったら自然と字も大人びて、美辞麗句を駆使した流麗な文章を書けるようになると無邪気に信じていた幼いわたしが気の毒だ。

 

手書きの手紙が主流だったころは色々な人の手紙を読んだ。

短くウィットに富む手紙をくれる人

自分のことを特別思ってくれていると皆に思わせる心くすぐる手紙を書く人

美しい文字と風雅な言葉で畏れ多い手紙を綴る人

 

一番心に残っているのは、毎度原稿用紙の裏やレポートの反故紙の裏に尺取虫がのたくったような大きな字をボールペンで書いてきた人。旅先で知り合って、その人が十代の終わりから二十代の半ばまで、ありのままの近況を時折やりとりするのが楽しみだった。わたしが本当につらい状況に置かれたとき、誰にも書けないような心を打たれる手紙をくれた。

 

こうして書いて思い出したけれど、彼は自分をよく見せようという気がまったくなかった。それがあの手紙のいいところだった。

いや、「飾り気がないところがよかったのだ、わたしも見栄を捨てて」と一瞬思ったが、彼の若々しさ、白木のような明るさと清廉さがよかったのであって、いまのわたしが「見栄を張らず飾らない手紙」を書いたら、受け取った人を鬱々とさせる手紙になってしまうかもしれない。

 

「文字が文字以上の力を持つと信じよ」と黒川さんはいう。「文字は記録やコミュニケーションのためだけの記号ではない」。

 

「ありがとう」という文字に見える悲喜こもごもが伝わる手書き文字の手紙は、だからこそおもしろいし、調子が悪いときはどうにもこうにも上手く書けない。

はてな村ブログ不義理

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はてなブログが更新されました」通知が読めないままたまっていくのが気が重くて、9割方解除した。親しくしていただいている方のブログもかなり解除した。不義理でごめん。DM関連もせっせと解除している。でも減らないよねえ。解除方法も手順がややこしくてさ。

 

2015年の暮れまでの暮らしと、2016年の年明け、告知以後の暮らしに大きな隔たりがあるなと登録していたブログリストを眺めながらしみじみと思った。震災前と後みたいだ。我が家に激震が走ってから2年、余震は続く。

 

ひとつひとつ内容を確認しながら解除したつもりだったのに、ひとつだけ読まずに解除したブログがある。クリックした瞬間、これは突然難病にかかったアスリートのお嬢さんのブログだったと思い出した。あれからどうなっただろうと気になったが、ブログタイトルもアカウント名も思い出せず。はてなからのメールを掘ってみたが出てこなかった。

 

なくなっているブログや非公開になっているブログもあった。みなさんどこかで元気に暮らしていらっしゃいますように。わたしもぼちぼちやっていきます。

 

もちおは某ブログサービスで例のはまっているアレについて書き始めたらしく、反響に一喜一憂している。ここにリンクを貼ってわたしのTwitterで流したらビューが増えるんじゃないかと思うけれど、そしたら荒れるべな。黙っておこう。