母の手料理を買う

f:id:kutabirehateko:20170421132204j:plain

「掃除の仕事募集に申し込んだら電話で断られた」と70歳を超えた母がいうので切なくなって、「わたしの稼ぎから手間賃を払うからときどき食事を作ってほしい」と頼んだ。有料で家に呼ぶ口実と自慢の料理をふるまう機会ができて母大喜び。

 

母は昔から1円単位で倹約につとめており、いつもお金の苦労をこぼす。わたしは子供の頃、家はとても貧しいのだと思って戦々恐々としていた。蓋を開けてみると父の年収や祖父母の資産は貧しさとはかけ離れたもので、母が離婚後に受け取った慰謝料や養育費はバブル景気を考えてもかなりのものだった。母は離婚後不動産業界に入ってさらに相当な額を稼いだが、子供たちにはいつもお金がないで通していたので、あれやこれやで手にしたお金が子供に回ってくることはほとんどなかった。

 

その甲斐あって母はいま利便性のいい街に手ごろなマンションを買い、そこそこの年金と家賃収入があり、どう考えても我が家より貯金もある。それでも掃除の仕事を断られたと聞くと母が寄る辺のない老婆のように思えて胸が痛む。幼いころの刷り込みなのか「ママがたいへんだ」と思ってしまう。懲りない。年も年なので一人住まいで元気にしているかどうかも気になる。

 

母への同情だけではない。去年一年もちおの闘病生活を最優先させた結果、それまでの生活のリズムがすっかり壊れた。何曜日にどこへいって買い物をし、常備菜はこれとこれ、お弁当の予算がこれくらい、といったやり繰りを思い出せない。比較的得意だった部屋の片づけや収納すら混乱状態で、助けが必要なことも事実だった。

 

母は何しろ料理上手で、いうこと、やることはめちゃくちゃでも料理を食べると「こんなに美味しいんだからまあ仕方がないか」とかなりのことを水に流す気になる。「美味しんぼ」を「料理で屈服させる漫画」といった人がいたけれど、母の料理にはその種の威力がある。素材は神経質なほど厳選され、栄養バランスもしっかりしていて信頼できる。

 

漫画家の新條まゆ先生のスタジオではまかないに御母堂の手料理がふるまわれると聞いた。「料理上手で面倒見のいいおかあさんなんだなあ」とほのぼの思っていたけれど、細々と自営業をはじめてみて親に小遣いを渡すより雇った方が税金対策としていいのだと気がついた。

 

家の食費から材料費を渡し、手当はわたしの稼ぎから出す。以前は母の携帯代金を負担していたけれど、修理や手続きのたびに名義人であるわたしを呼ばなければならないのがいやになったらしく、現在は母が自分で払っている。手間賃は携帯代より多いので母の受け取りはプラスになった。

 

これで味をしめたのか、事務作業がまわらないと話したら「ママはそういうこと得意よ」と言い出した。本当にそういうことが得意なのは知っているけれど、帳簿なんか任せたら一から十まで口出しされることは間違いない。実際母親に事務代行を任せた知人は出費内訳についてあれこれ叱られるようになって困っていると話していた。

 

「あれこれいわれるから嫌だ」といったら「そんなことぜんぜんいわないでしょう!いついったのよ!」と日頃の過干渉を棚に上げて激高する。「『まったく、はてこはもうこんなものを食べて、もっちゃんがかわいそう!』っていつもいうじゃない」「いわないわよ!いつそんなことをいった?」「いつもいうでしょ、『まったく』ってママの口癖だよ?自覚してないなら知っておいた方がいいと思う」と答えた。母は黙った。おそらく「まったく」と言おうとしていたのだと思う。

 

話が出たとき家の食費から材料費として母にいくらか渡していいかともちおに相談した。母は節約の鬼なので、何食作ってくれるかわからないけれど、外食費よりは安くなるだろうからと思って。しかしどうしたわけかいまのところその計算は外れ、費用対効果は外食費とあまり変わらないか、むしろそれ以上という結果になっている。

 

申し訳ないので食費もわたしの稼ぎから出すべきだろうかと再度もちおに相談すると、「親孝行なんだから、一食いくらで計算するものじゃない」ともちおはいった。仏か。「それに回数少ない方がおかあさんに会わないですむから俺はうれしい」。いつもいつも親孝行につきあってもらって恩に着る。

 

ももちおにはいつも感謝の言葉をのべる。一方わたしに恩を感じる筋合いはないと思っていることを何かにつけ態度で示してくる。なんなんですかね。でも放っておけないのよね。ご飯は美味しいし、姿かたちはきれいだし、やることは面白いくて飽きないしで、いまだに手玉に取られているんですかね。 これだけいろいろあってまだ海外旅行とか、連れてってやりたくなっちゃうからね。親がどう思っているかはともかく親にしてやれることができて働いてよかったな、と思うからね。

kutabirehateko.hateblo.jp

堀井みきさんのトークショーを聞きにサンクチュアリ出版へいく

東京出張の期間に風の他人の姫姉様こと堀井みきさんがサンクチュアリ出版主催のトークショーを開催するというので、これも何かの縁だと思ってのぞきにいきました。

minimote.hateblo.jp 

わたしは堀井さんのブログ、とくに雑記ブログを読むのがすきで、ほぼ毎日更新をチェックをしている。まめに更新されるので新聞の4コマ漫画を楽しみにする感じと似ている。去年もちおが闘病中もよくお世話になった。

 

個人的なやりとりは特にないけれど、一人暮らしをはじめたときは蕎麦を送ったりしたので、親戚のお嬢さん感がある。ひとつ晴れ舞台を見に行こうと思った。

 

サンクチュアリ出版の会場

早めについた。このあと会場はびっしり人で埋まって最終的に40名前後が肩寄せ合ってスライドをみるという展開に。男女比は1:9ほど。女性ファンが多い。

 

わたしは日頃90分一コマで講座をすることがあるのだけれど、ひとりで120分話すというのは大変だろうなと思いながら見ていた。堀井さんははじまる前からかなり緊張している様子で、来場者と笑顔で話していたけれどピリピリ感が伝わってくる。授業参観に来た保護者の気分。

 

ブログのモテ指南をもとに堀井さんが用意したスライドは「モテ貯金おさらい」といったものでブログ読者にはなじみのある話だったと思う。堀井さんは「うんうん」が口癖らしく、句読点がわりに「うんうん」とひとりで合点しながらどんどん話を進めていた。*1結果的に予定を大幅に短縮したようでスライドはあっという間に終わってしまい、質問タイムが一時間以上残ったので見ているこちらがものすごく焦った。

 

「何か質問ありませんか」をマッチ売りの少女のように繰り返す堀井さんに集まった堀井さんファンが雨だれのようにポツリポツリと質問しつづけ、なんとか予定時刻まで乗り切った。こういうとき主催者は助け舟を出さないの?と思ったけれど、サンクチュアリ出版の人は来場者のひとりですという顔で傍観しており、もうサンクチュアリ出版の本は買わないしベストセラー作家になってもサンクチュアリ出版から本は出さないんだからね!という気分になった。だいぶ動転していたと思う。

 

しかし後に堀井さんのブログを見たらそれなりに満足していたようでホッとした。この展開も考えようによっては堀井さんらしいエピソードであった。

 

モテ指南講師として

この日、堀井さんはブログで紹介していた山吹色の不二子ワンピにグレーのカーデガンを羽織り、髪をシュシュでひとつにまとめていた。メイクも控えめでとくにモテ指南をするような女性には見えない。でもなぜモテるのか、とてもよくわかった。

 

堀井さんには人を委縮させるような威圧感がまったくない。丸腰の普通女子感。もっといえば「この子はちょろい」と油断させ、日頃自分に自信が持てない男性さえ調子に乗らせるような隙がある。おそらく調子に乗った男性からちょいちょい失礼なことを言われていると思う。けれどもそういうときに相手を冷たい目で見たり、目くじらを立てて怒ったり、凹んだり怖がったりして相手を恥じ入らせないんじゃないかな。お兄さんがいるそうだけど、兄に慣れている妹らしさがあった。

 

イベントのなかで「男性は孔雀のような華やかで自己主張の強い女性より、雀のような控えめで素朴な女性 を好む」といっていたけれど、確かに外見は雀系を目指している様子。孔雀を連れ歩いてステイタスにしたいのは強者男性に多い。でも一握りの強者より雀を好むその他大勢に好かれた方がいいということなのだと思う。孔雀好きは雀を怖がらないけれど、雀好きは孔雀を怖がるしね。でも堀井さんはぜんぜん雀じゃないので雀枠でモテると長期的に見たら息が詰まることでしょう。

 

モテのアドバイスとして「女子アナが好むようなおもんない服を選びましょう」という話があった。スライドの例から見るに、イオンが似合うデート着のような服。堀井さんは本当は豹柄が好きだけれど男性ウケが悪いので着ない、とブログに書いていた。年内結婚を目標に婚活をはじめたそうだけど、パートナー候補があらわれたら不特定多数モテキャンペーンを終了して、豹柄を解禁するのか興味がある。

 

堀井さんの面白いところは雀じゃないのに雀枠の需要にせっせと応えるようすすめているところ。また厳格な雀推し主義者でありながら雀は絶対にそんなことをしないということを次々やっているところ。雀かと思ったら百舌鳥だった。はやにえ注意。

 

以前堀井さんはパートナー候補があらわれたらブログのことは隠し通すかブログをやめると書いていた。今はブログを書いていることを打ち明けて、姫姉様ごと面白がってくれる人と添い遂げたいといっていたので個人的にうれしかった。豹柄でもゼブラ柄でも虎柄でも自分に似合う好きな服を着て、そんな自分を面白がって対等に渡り合える相手と出会えるといいですね。

 

帰りに小さなブーケを手渡して自己紹介をしたんだけど、よほど緊張していたのか、あとでメールを送ったら「あのブーケははてこさんだったんですか!」と返事が来た。ちゃんと顔見て渡したでしょ!でもわたしもてんぱってるときはお客様を目の前にして半ば夢見てるみたいになるから気持ちはわかるわ。お疲れ様でした。

 

kutabirehateko.hateblo.jp

*1:ブログアイコンとして使われている黄色い小鳥の絵はそこから出てきたのかも。

minimote.hateblo.jp

関東唯一のアイヌ料理店 新大久保「ハルコロ」でルイベを食べた

先週ひとりで東京へいって、アイヌ料理を食べてきました。

 

アイヌについては去年のナコルルの件から思うところがあり、そこから日本という国を見つめなおすことになった。見聞きし、感じたことをまとめきれないでいる。

 

今年に入ってTwitterを眺めていたら、「アイヌには料理がない」とアロンアルフアも真っ青な粘着力で執拗に言い募る人たちと、それに反論する人たちが出す資料の数々が目に入った。

「アイヌ料理」をどうしても否定したい人たち - Togetterまとめ

「アイヌ料理」が報道されるたびに噛みつく人 - Togetterまとめ

そこで繰り返し出てきた「ルイベ」という料理が気になったので、東京へいったついでに食べてきました。

 

アイヌ料理店「ハルコロ」

新大久保駅を降りて、少し新宿側へ戻ったところにある。

f:id:kutabirehateko:20170420004643j:plain

「鹿肉」の看板が出ているのが店の前。

早く着きすぎて店の前に旅装束で立っていたので店主にぎょっとされた。 

店内。居酒屋さんです。

f:id:kutabirehateko:20170420004649j:plain

スペースシャトル式に四方八方あれこれ貼ってある。

f:id:kutabirehateko:20170420004647j:plain

清里」とあるので山梨は八ヶ岳のリゾート地かと思ったらお酒の名前だった。

f:id:kutabirehateko:20170420004648j:plain

入り口にアイヌの着物。 

f:id:kutabirehateko:20170420004646j:plain

ルイベあるよ、ルイベ。

f:id:kutabirehateko:20170420004650j:plain

メニューの裏。残念ながらこの日ここにある素材は食べられなかった。

f:id:kutabirehateko:20170420004639j:plain

 

ルイベとアイヌ料理

ルイベとは秋口に獲れる生鮭を切り身にして軒先に吊るし、寒暖の差を利用して水分を抜いた保存食。現在では生食用の鮭を冷凍庫で凍らせる方法が主流なのだそう。

 

冷蔵庫が登場するまでは塩漬けでない生の鮭を保存して食べる方法は他になかったんだって。いわれてみれば冷凍庫ないあいだは生魚の流通は腐敗との戦いだったはず。舗装されていない道を自動車も使わず食べられる状態で運ぶには創意工夫が必要だったことでしょう。数か月前には存在すら知らなかったルイベだけど、いまやわたしは竹の子の灰汁ぬきよりルイベの作り方の方が詳しい。でも味は想像できなかった。

 

というわけで、昼間からランチメニューを無視してルイベを頼みました。

f:id:kutabirehateko:20170420004645j:plain

うん…冷たい刺身だね…。

 

日本の刺身は魚臭さを消すためにあれこれ工夫をするけれど、この日食べたアイヌ料理は全体的に磯の香りを含めて味わうもののように感じた。強いお酒が合いそう。わたしはほとんど飲めないうえにこのあとがんばって羽田へ出て飛行機で帰る予定だったので飲むのはやめた。残念。

 

チポロイモ。蒸かしたジャガイモにイクラを合えてある。味はイクラの味だけ。

f:id:kutabirehateko:20170420004640j:plain

 

オハウ。豚汁の鮭版みたいなもの。汁物をオハウというのかな?強烈な磯の香り。

f:id:kutabirehateko:20170420004641j:plain

ランチメニューはアイヌ料理ではなかったので単品にしたけれど、鹿肉丼や鮭丼なんかもあります。丼ものはそれだけでお腹いっぱいになりそうだし、鹿は屋久島に限ると思って頼まなかった。鹿にうるさい女になりました。 

 

単一民族国家幻想の終わり

はじめは奥で料理していた男性ひとりだったけれど、途中で女性がやってきて給仕に会計に忙しくしていた。女性の背中と腰回りがフンベシスターズとどことなく似ていて、顔つきにも独特のものがあることに気がついた。でも以前にアイヌに出会っていなかったら気づかなかったと思う。アイヌの女性なのかな。

 

わたしは知識として琉球アイヌのことを知っていたけれど、これまで日本を単一民族国家だと思っていた。ロシアや朝鮮や中国の血が流れる「日本人」はいても、異文化をルーツに持つ異民族が日本で暮らしているという認識はまったくといっていいほどなかった。異民族とはどこか遠い国で暮らす言葉も通じない人たちだと思っていた。また中国やベトナム少数民族を弾圧していることを他国の問題だと思っていたし、ナチスドイツのユダヤ人迫害とその後の軌跡も対岸の火事として見ていた。

 

帳簿をつける女性の手元を見るともなく眺めながら、この人がアイヌだとすれば、この人はわたしの先祖が絶滅寸前に追いやった民族の生き残りなのだと生まれてはじめて思った。また、その陰惨な歴史をなかったことにしようとするだけでなく、アイヌはもはや存在しないとか、そもそも継承に値するような固有の文化を持たなかった、料理をする習慣すらなかったとまで騒ぐ人たちが自国にいることについて考えた。

 

差別を自覚することは自国の歴史と自分自身を糾弾する否定的な行為だと思う人がいる。わたしはそうは思わない。何が差別で何が人の権利なのかを考える上で過去の歴史を無視することはできない。たまたまそんなことを考えなくても困らない立場に生まれただけで、もっと早くから知って、自分の生き方を考えておいてもよかった。

 

名誉白人として有色人種を、名誉男性として女性を、そして名誉和人として異民族を迎えようとするのは傲慢なことだ。固有の文化や生理的な作りを、また思想や伝統や哲学を尊重することは、その方が有利だからとマジョリティに同化させることとは真逆だと思った。

f:id:kutabirehateko:20170420004644j:plain

帰りは新宿駅まで線路沿いを歩いて帰った。5年前まで新大久保へは毎年人間ドックで通っており、17年前、わたしはこの線路沿いにある木村屋のそばの会社で働いていた。新宿に出た交差点に映画「A.I.」の広告が大きく出ていたことを思い出す。

 

プロバイダーは海外資本で、国外からの問い合わせに答えながら遠い国にいる日本人のことをよく考えた。いまは国内にいる異民族のことを日々考えている。いろいろなことが変わった。まだ上手く言葉にできない。

f:id:kutabirehateko:20170420004642j:plain

kutabirehateko.hateblo.jp

ドアがほしくて舅頼み

仕事場のワンルームは玄関から部屋までひとつづきなので寒い。ドアがほしい。

検索すると枠を作ってポリカーボネイトをはめて引き戸を作る方法が出てくる。

お義父さん、作ってくんないかな。

いや、さすがにそれは図々しいか。

じゃあ本棚の天板を長くして、カーテンレールをつけてもらおう。

 

と、先週思い立ち、舅を招いて「ここをこうして、ああして」と頼んでみました。

高速2時間、下道3時間強の距離ですが、今日持ってきてくれる予定。

 

舅は相変わらずむすっとして嫁と目を合わせない。

わたしと舅は主に図面を通して、また助手席と後部座席で会話をする。

食事を出しても、食べに連れて行っても何もいわない。

お茶でもお酒でもタオルでも「どうぞ」といえば

「あー、すいませんね」と伏し目がちに受け取る。

 

「お義父さん、美味しいですか」

「美味しいとか、美味しくないとか、わからない」

「不味いのはわかりますか」

「不味いのはすぐわかる」

「じゃあ不味くなかったら美味しいんですね」

「美味しいのはわからない」

「これ、不味いですか」

「不味くなない」

「じゃあ美味しいんですね」

「量が少ない」

 

もっとほしいのか。

 

焼酎すきの舅にとっておきの焼酎を出すと「どこがいいのか」と小馬鹿にする。

「親父、これ美味いだろ?」

「俺は美味いかどうかなんてどうでもいいんだ」

「なんだ、せっかく用意しったのに」

 

「はてこさん、もちおがもうやめとけっていうんだけど、おかわりないですか」

「お義父さん、味がわからないっていったじゃないですか」

「いやー、味はわからない」

ツンデレか。

 

義父工房は仕事が早いけれどなかなか打ち合わせ通りにいかない。

「こう使うのでここをこうしてください」

と頼んでも、ちょっと目を離すと作りやすいように仕様変更しようとする。

「そこ違います」というと

「ここはこうするって話したけど?」と強引に通そうとする。

両者一歩も引かず、もちおはいたって呑気にほかのことをしている。

 

先週、舅は息子のために自作した書棚と作業机に囲まれた書斎に泊まって寝た。

舅ともちおは夜通し楽しく飲んでいた。

目が覚めると舅はいなかった。早朝下道でとことこ帰ったようだった。

 

夕方「はてこさん、すぐ親父に電話して」ともちおから電話があった。

「親父が『棚はすきにつけるからな』っていってる」

電話すると時すでに遅し、あれだけ話したのに舅は勝手に仕様変更していた。

ガッデム。

 

予算を伝えていなかったので、今日は謝礼含めて総額いくらになるか、ちょっと心配している。前回書斎作成で渡した謝礼は、一万円だけ受け取って、あとは姑に渡してしまったそうだ。

 

仕事場へ向かう道を舅と二人で歩きながら

「もちおさん、よくなって本当によかったですよ」

といったら

「うーん」

と短く返事した。

鼻を鳴らす犬のような、疲労と深い安堵と感謝の籠った雄弁なうーん、だった。

 

kutabirehateko

今日のダンナ CommentsAdd Starpoolame26Mmc

故郷から訪ねてきた父と書斎で飲み明かす。

「楽しい?」
「うん、オヤジと話あうわ。かみさん大好きで面白くて」

仲良し親子でうらやましい。

 

 

kutabirehateko.hateblo.jp

思い出の抗がんライフブログ

新しいブログをはじめました。

lovemochio.hateblo.jp

 

去年のことはもう思い出だけれども、現在もこの先も油断せず戦っていく所存です。

 

肥満大敵。ガンは脂肪に宿る。BMI要チェックですわ。

 

わたしは痩せすぎでがん保険の加入を断られたんだけど、体重低下と死亡率の因果関係のグラフはすでに病床で食事がとれず体重減少状態にある人も含めたものなのだそう。要するに亡くなる直前に急激に痩せちゃった人も入っているので低体重は死亡率高いと出るけれど、がんの発症は脂肪たっぷりめのふくよかな人がよっぽど危険なので、まず痩せようということだった。

 

確かにもちおは告知前の数年で過去最高に太った。ザ・デブ。ぶっくぶく。それまで太っていなかったので誰この人感がすごかった。車で外回りをする仕事になってからコンビニでアイスを食べまくっていたらしい。あと接待系の飲み食いがとても多くて、福岡中洲にはさんざん飲んで食べたあと、〆に豚骨ラーメンを食べる文化がある。これでとどめを刺していた模様。

 

そうして数年越しで蓄えた体脂肪は食べられなかったのと糖質を制限したのとで一か月で20kg落ちて、一年で最終的に25kgぐらい落とした。ぷりっぷりだったお尻の皮がだぶついておじいちゃんぽくなってた。でもパレオな男さんおすすめのホエイプロテインでブルーベリーとバナナベースの青汁系シェイクを飲みながらキックボクシングを再開して、いまは過去最高にシュッとしている。「痩せると窓口でお姉さんたちが親切にしてくれる…」と驚いていた。思わぬ怪我の功名。

 

去年は義理の親戚がやはり延命率の低い血液のがんにかかって入退院を繰り返していたのだけれど、こちらもソーファットなマダムで間食とコンビニ弁当が大好き。痩せていれば大丈夫ということではないけれど、脂肪が多すぎると何かと身体にさわるのだそう。マダムも入院してからみるみる痩せて、いまでは普通体型。かつての体重は足腰にも負担だったみたい。

 

むっちむちのぷっくぷくって抱きしめたくなるような魅力があるけれど、人類としては危険な領域にいる不自然なものなのだなあと思った。むくみがひどいのに気づいていなかったりもするそうだしね。*1車体が重いと動かすのにエネルギーがいるからお相撲さんみたいに筋肉しっかりついてないと外に出るのもおっくうになる。動かなければ鬱々として頭も鈍る。ほんと運動、瞑想、野菜350gですわ。

 

そして運動、瞑想、野菜350g(そして日光浴)系のタスクって、医者にいけばなんとかしてくれると思ったら大間違いなんだよね。やっぱり自分でやるしかない。もちおがキックボクシング再開してくれてよかったよ。あとはわたしがもう少し太って筋肉つけること。自転車で買い物にいくわ。春になったらね!

 

アンチエイジングと健康増進ブログ「パレオな男」はついに書籍化。

ブログは英語の文献や論文も豊富で最新情報満載。

 健康とガンの話は切り離せないようで、何かと引き合いに出されていていろいろ参考になった。

*1:姑がまさにそれでいまたいへん。