御無体満足

もちおは胃に物が通らないので自分の唾も吐いてしまうようになり、点滴で栄養を摂ることになった。薬も経口摂取できないので、昨日からブドウ糖と痛み止めを絶え間なく点滴し続けている。退院後は点滴を24時間繋いで寝起きすることになるらしい。少なくとも当面は温泉へいけなくなった。

 

特に案内はなかったがナースステーションの真裏にある部屋に一人でいる。通常は術後の患者さんが数日いる部屋だから、いわゆる集中治療室なのかもしれない。とはいえ息は自分で吸える。車椅子で補助してもらいながらトイレも自分で済ませられる。

 

長年逞しく血色のよかったもちおがインコの雛のように痩せてしまい、管に繋がれている姿は衝撃的で、見ているだけで辛くなる。

 

医師と看護師は万全を期して痛みに対処していくから安心してくれと話すが、正直わたしが望むのは病からの回復であって痛みの緩和ではないので、緩和作戦を聞いたところで安心する要因にはならない。痛みを感じなくても病が癒えなければ恐れている事態に刻一刻と近づいていることに変わりはない。

 

もちろん脂汗を垂らして七転八倒するのを見ているのは辛いし、痛みにのたうち回るもちおは見ている側とは比較にならないほど辛いと思う。痛みはない方がいい。ただ「安心してください」と言われてもねえ、と思う。

 

数週間前まで車を運転して温泉へいき、スープと栗とヨーグルトを食べて、九十九電機で中古パーツを買いあさっていた暮らしからこうも自由が奪われると、すでにもちおの人生があらかた終わってしまったような気持ちになる。

 

このまま点滴に繋がれて生きていくことを本人は望むのだろうかと一瞬思った。そして次の瞬間、id:CALMINさんの三男はるくんのことを思い出した。

 

去年の夏、わたしは出張先でCALMINさんと10分だけオフ会をした。仕事と仕事の合間を縫ってCALMINさんの地元の駅へ出て、CALMINさんとはるくんに駅前まで出てきてもらったのだった。

 

はるくんはCALMINさんが背負ったリュックに入った酸素ボンベから繋がるチューブを鼻の下にあて、はじめて見るわたしの顔を不審げに観察していた。胸元にブラックジャックさながらの派手な手術痕が見える。手遊びに誘ってみたが、用心深くこちらの様子をうかがっている。修羅場をくぐってきた男の眼光は鋭い。

 

CALMINさんははるくんと酸素ボンベと手回り品をひとりでぜんぶ抱えた上に、10分しか話せないわたしのために地元北海道の名産品をあれこれお土産に持ってきてくださった。

 

その晩、わたしは仕事を終え、食欲も失せるほどへとへとに疲れて宿へ戻り、一休みしてからいただいたお菓子とスープを飲んだ。朝から病院と心臓関連の集まりで遠出してお疲れだったはずのCALMINさんが、わたしが食べる物まで気遣ってくださったことをしみじみありがたく思った。

 

その後はるくんは年末に再び大掛かりな手術を受けたが、色々なアクシデントが重なって何ヵ月も意識が戻らなかった。小さな身体に不釣り合いなチューブをいくつも繋がれて、朝も昼もない息詰まるような冬と春が過ぎた。そしてある日はるくんは目を覚ました。その一部始終をCALMINさんは見守り続けていた。

www.calmin.org

わたしは生まれてこの方、心臓が自動的に動くこと、息が吸えること、食べたものが勝手に栄養になり、吸収され、いつのまにか排泄用にカスタマイズされる人生に慣れきっていた。知識としてはそうではない人生があることを知っていたけれど、いざそうした機能に仕様変更が起きる事態を目の前にすると我を失い、まるでそうした機能が命そのもの、人生そのものであるかのように考えてしまった。それでそれらの機能が制限されることが人生を失うことのようにすら感じた。

 

考えてみればわたしもこれまで多くの機能を失っている。もちおと出会ったときとは身体も顔も体力も違うし、性格も考え方も違う。視力も落ちたし、性欲も落ちたし、ときめくこともめっきり減った。ではわたしとわたしの命が失われたのかといえばそれは違う。

 

はるくんは理知的な顔をしていた。見た目は確かに小さな身体だけれど、「ぼくまだ赤ちゃんだから遊ぶのが仕事なの」という顔ではなかった。はるくんにははるくんの人生があり、生まれついての気質があり、それに基づいてこちらの様子を観察しながらあれこれ考えているのがよくわかった。これまで出会ったたくさんの子供たちと同様、はるくんにしかない個性があり、同時にどの子にもある愛らしさがあった。

 

はるくんに何本のチューブが繋がっているかとはるくんの個性は直結していないし、手術を受けるのは人生を渡りやすくするためで、不足したパーツをロボットに加えるのとは違う。はるくんの命と個性は心臓の作りと関係なく完成しており、その命は独自の成長を遂げるべく勢いづいていた。

 

もちおもそうなのだ、と思った。もちおの命と尊厳は、その気質と個性は、何本のチューブに繋がれていようと、どこから栄養を摂取していようと変わりない。もちろん暮らしが変われば考え方も感じ方も変わる。それでももちおがもちおであることには変わりがない。

 

最近手元が見えづらくなった。わたしが手先の器用さを武器にする仕事をしていたら、これは大変なショックだったと思う。手塚治虫は晩年「最近、正確な円を描けなくなった。円がすべてのキャラクターになる。自分は漫画家としてはもうだめだ」と痛々しいほど寂しい口調で話していた。でもわたしは円が描けなくても困らないのでそこまでのショックはない。美しい円を描ける機能はもとから持っていなかった。

 

いつまでもあると当てにしていたものを予想外に失うことは辛い。でも人は生きているあいだ意識しているかどうかによらず、様々なものをどんどん失い続けている。それらをもとから持っていなかった人もいる。もちおも、わたしがもともと持っていなかったものを持っていた。そしていまそれらのいくつかを失いつつある。

 

それでも人生は続く。さまざまな形で命が続いていく。

 

わたしがCALMINさんを通じてはるくんに出会い、彼の人生を通じて夫の人生について考えさせられたように、もちおの人生もまたわたしの知らないどこかへ繋がっている。そのことの価値を問うには世界に対するわたしの理解はまだまだ乏しい。

アル中とだけは結婚すまいと固く心に定めていた

遂に点滴外したら水も摂れないというところまできた。

ここに至るまで数限りなく別ルートへの分岐があったのにもちおは尽く逆へいった。

忸怩たる思いだ。

 

もちおを見ていると糖尿病を患っているアル中を見ているような気持ちになる。

パニック映画で屋上へ逃げるやつ、デッドエンドに逃げ込むやつを見るあの気持ち。

ホラー映画で遊び半分に呪いの封印をとく酔った若者たちを見るあの気持ち。
なぜなんだ。なぜそっちへいくんだ。崖なのに。後がないのに。

 

「元気になったらモスバーガーかき揚げバーガーが食べたいな」

と言いながら、妻が知力体力資力を総動員してかき集めた各種脱出ルートを横目で見て

「あとで調子がいいときに気が向いたらいく」

「そっちの道いってもだめに決まってる」

と書斎に籠っていたもちお。

もうスマホipadもほとんど見ることができない。

 

本当にこいつはいうことを聞かない。

そして防御力が異常に低い。自暴自棄にもほどがある。

夜は蹴とばした布団の横で縮こまって震えているし

痛み止めの場所を念押ししたのに飲まずに明け方七転八倒する唸り声で目を覚ます。

 

片時も離れず傍にいてほしがり

甲斐甲斐しくなでさすってほしがりながら

脱出ルートへ向かわないもちお。

まるで妻の提案を撥ね付けることが自立のあらわれであるかのようだ。

それでどういう結果になっても悔いはないというならわたしも心安らぐ。

でもそうじゃないのよね。

甘いものを食べ、歯磨きをせず、歯周病が治ればいいなあと思っているような。

抜けた歯は戻らないのに

一度抗がん剤が効いたように見えたものだから

また歯が生えてくると期待するように

10%の見込みしかないといわれた抗がん剤にすがっている。

 

たとえ10%に該当しても

がんは慢性病なので

慢性病とつきあう暮らしができないときつい。

わたしは15歳から慢性胃炎だけれど、腎炎とは上手くつきあえている。

もともと薄味が好きで、酒も煙草も激しい運動も嫌いだから普通に暮らすだけでいい。

 

もちおは無茶をして自分を絞り上げるのが好きで

どこまで無茶ができるかぎりぎりまでやるようなところがあり

運動習慣だの食生活だのに気を使うだのはすきではない。

高熱を出して寝込むとか、怪我で動けないとか

生理的な制約がないと自分を守る暮らしをどうしてもやらない。

 

あるいはトレーナーがつくリハビリだったら違ったかもしれない。

課題をクリアするために異常な努力をするのはすきなのだ。

闘病仲間や仕事仲間がいたら違ったかもしれない。

でももちおはわたし以外の人に会いたがらない。

 

無茶な運転をする人が一生事故に遭わないことはそれなりにある。

いつも制限速度を守っている人なんていない。

でも土砂降りの雨の中で

それまでと同じような無茶な運転をすれば

事故の確率は飛躍的に高まる。

「制限速度なんてトロトロ守っていられるか」メンタルの人を横で見ていることしかできない。

 

「がんになったのは俺のせいか。俺が悪いっていうのか」ともちおはいう。

悪天候に襲われるのはめぐり合わせだけれど

そこでどんな運転をしたのかは自分の選択だ。

病に襲われるのは運だけど、病と向き合った結果は自分にある。

代わってやることはできない。

ほんとムカつく。やりきれない。泣ける。

 

がんばれ、がんばれ

気力体力奮い起こして仕事をするとき、自分で自分を応援する。

 

運動部のランニングのように「ファイト!ファイト!」と掛け声をかけながらメールの返信をしたり、「がんばれ、がんばれ」と言いながら着替えたり、車を運転したりしている。

 

先日甥の運動会を見に行った。声援が飛ぶと選手の顔に力が出る。

 

がんばらなくていい、無理しなくていいというのが時代の流れのようだけど、「がんばれ、がんばれ」はいいものだ。子供たちの声援を聞いているとそう思う。「がんばれ」は「怠けるな、成果を出せ」という意味ではない。「あなたが本領を発揮できるように心から願っているよ」という意味だ。

 

泣きそうな子供、ぐずっている子供をあやして激励するときも、わたしはよく「はい、がんばれがんばれ!」と声援を送る。これは「あとちょっと!よし、もう少し!まー!なんてお利口なんでしょう!本当によくやっている!すごい!すばらしい!」の簡略版で、詳細版を挟みながらよく言う。

 

わたしはわたしを応援する。がんばれ、がんばれ。

そうやってなんとか日々を乗り切っている。

何か成果を出すためではなく、ただ今日自分の人生を生きて、生きているもちおを見るために。どこまでやれるかわからないけれど。

「節税になるから、食べて、食べて」

先週、今週、すごく仕事してる。当社比3倍くらい。

 

仕事以外の家事労働や私的なあれこれが何もできない。仕事でPC使うから休憩しなければと思うんだけど、「ちょっと休憩しよう」でネット以外のことをするにはどうしたらいいだろう。温泉へいくのがPC前を離れるひとときなんだけど、運転していないとスマホ見ちゃう。運転するかな。

 

と、だらだら書きましたが、今日もっとも頭にきたことは自称ヴィーガンが「自分はヴィーガンだから焼肉屋を経営する朝鮮人を批判しても差別ではない」と超理論で差別を正当化してきたこと、そいつの仲間だか取り巻きだかが「反差別は焼肉すきだといってみろ」と挑発してきて、「焼肉すきです」リプライとともに一部焼肉画像が送られてきたら「いじめだ、差別だ、虐待だ」と被害者面しはじめたことです。

 

しかしそれ以上に頭に来たのは、ベクトルは違いますが、その糞ヴィーガン野郎に焼肉画像を送るのは思想信条を差別する行為だとのたまう人々が現れたこと。それが普段人権を守るために戦っている人として信頼している人たちだったことです。

 

これはもう自分メモで非公開でもいい話なので、経緯を書くつもりはありません。がっかりしたし、ムカついた。自国が追い込んだ少数民族の職業を嘲笑して批判されない権利があると自分ちの献立を根拠に言い放つ馬鹿、こういう馬鹿は馬鹿で有害ですがただの馬鹿です。しかし馬鹿の思想を根拠に馬鹿の差別行為への糾弾を差別だなんだという人たちは何なんでしょうか。

 

馬鹿が馬鹿なのは思想信条によるものではなく、馬鹿の性根が腐れているからです。その腐った性根で挑発した結果、リングに上がってきた人に囲まれてピーピーいっている馬鹿を見て、「少数派の思想を玩具にするなんてひどい」ってなんなん、いったい。献立にどんな特殊な思想を持っていようが職業差別をする馬鹿がリングでド詰めされるのは当然です。馬鹿は荒唐無稽なその論拠を批判されたのであって、献立を批判されたわけではありません。

 

わたしが自称ヴィーガンと書くのはこのド腐れ共が自分たちの腐った性根の根拠に「だって俺らヴィーガンだもんね」と都合よくヴィーガンを持ちだし、静かに暮らすヴィーガンの方々を巻き込むことをよしとしないからです。「フェミニストを分断するな、フェミニストは一人一派だ」というあれと混同しているのだと思いますが、「ヴィーガンかどうかを外部が裁くな」といっている人がいましたが、レイシストの性根が腐っている根拠に献立持ってくるのおかしいから識別してるんだろ。

 

このブログの読者の方々はTwitterフォロワーさんとほとんど重なっていませんし、ヴィーガンだから朝鮮人の焼肉屋を種差別者(種として人間と動物を差別している)と呼んでも差別にならないといわれて「なるほどなあ」と納得するような方はそういらっしゃらないでしょう。いたらもう来なくていいからね。

 

なのでこれ以上事の経緯を説明するつもりはなく、これはただただ頭にきたという自分メモです。ちなみにわたしは冷麺画像を送りました。肉画像を送った方の中にはヴィーガンに焼肉を送るのは残酷だといわれてツイートを削除した方もいました。冷麺、肉のってませんけど、わたしはガッツリ肉画像を送っても消さないでいたと思う。肉画像に傷つきますといって気遣いを求めるなら悪質な在日朝鮮人差別を謝罪訂正してからにしろよこのド腐れが。

 

以下のツイートがこの件に関するわたしの気持ちのまとめです。おわり。おやすみなさい。

 

追記

記事のタイトルはいつか言ってみたい言葉です。仕事の話でお茶を濁そうと思って書き始めました。言ってみたい言葉、このほかに「客船の旅もだいぶ飽きてきたわ」「印税が入るまで年収総額が出せなくて」「年収一千万円までは楽しかったけど」など。ヒトデさんはこれ実現していると知ると夢が膨らみますね。 

 

あとは「昔は身体が弱くてねえ」「人を体力馬鹿みたいにいわないでよ」「還暦過ぎても夫婦喧嘩はするよ」「ネットは仕事のとき以外見ないから」「家事って年々楽しくなるね」「銀髪になってから似合う色が増えたでしょ」「新築なんだから気を付けてよ」などもいいですね。いくらでも書けそう。

 

宛先をお間違えではないですか

 そんなの強者男性にいえよ。もう来ないでね。