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スイス・レーティッシュ鉄道と鉄道むすめ駅乃みちか問題

このtweetをゲイ差別だ失言だくたびれはてこは差別主義者だと鬼の首を取ったように騒いでいた人がいた。わたしはこの発言を撤回する気はまったくないし、これを不当な差別だとも思わない。田亀源五郎*1に企業が依頼してパイロットのキャラクターをデザインしてもらうのは、クリムゾンに痴漢防止ポスターを依頼したり、町田ひらくに塾のイメージキャラクターを依頼したり、くじらっくすにファミリーワゴンの広告を依頼したりするのと同様に間違っている。これは企業にとっても作家にとってもそれまでとその後の仕事に大幅な制約を加えるものになると思う。

 

発端になったのはスイス・レーティッシュ鉄道が萌えキャラを採用した件だけれど、この件に限らずジャンプトイレマークをはじめジェンダー問題にオタクカルチャーが絡むと毎度毎度判で押したように同じことを言ってくる人たちがいるので、ここでわたしの考えをまとめておく。

 

職員をモデルにしたキャラクターのメッセージ性

企業が自社の制服を着た職員をキャラクターとして打ち出す場合、それは(1)企業が自社の商品をどのように提供するつもりなのか、(2)企業が職員に何を期待しているかを公に示すものになる。公共交通機関が巨額の広告宣伝費をかけて企業のブランドイメージを作るのはそれが経営を左右する重要な問題だからだ。

 

自社の商品をどのように提供するつもりなのか

公共交通機関が顧客に自社イメージとして打ち出すにふさわしい職員像とは、「交通機関の専門家」だ。乗客の命を預かる乗り物を着実に運行し、制御できること、不測の事態が起きても専門的知識を持って万全の策を講じることができる訓練された専門家、これ公共交通機関が自社の職員のイメージとして公に宣伝すべきものだ。

 

親しみやすく誠実で信頼できることはもちろん、職員が職業的な知識に精通しているプロだと信頼してもらうのは何より重要なことだ。人はアクシデントに見舞われたとき、職員が未熟でいじらしく幼い存在でいてほしいとは思わない。

 

企業は職員に何を期待しているか

同時にこのようなキャラクターは企業が自社の職員にどのような働きを望むかを示している。企業は職員が自社イメージを損なう言動を取れば厳重に注意する。

 

企業が職員をイメージしたキャラクターにポルノ作家の作品を起用するなら、その企業が自社の職員に期待しているのは性的なサービスだということだ。風俗産業など性的なサービスを提供する企業が名の知れたポルノ作家にイメージキャラクターを描いてもらうのは適切なことだろう。しかし公共交通機関が提供するのは快適な運行であって、性的サービスではない。

 

「ポルノ作家が公共機関のイメージキャラクターをデザインをすることに反対するのは差別だ」というなら、起用される正当な理由が必要だ。ホットでセクシーな旅を提供する、あるいはホットでセクシーな美男美女に選ばれる企業である。これはどの企業も使うCM像だ。しかしホットでセクシーな職員のサービスを公共交通機関に求めるどんな理由があるだろう。*2*3

 

ゲイアイドル系な義弟

田亀源五郎は著名なゲイポルノ作家だ。田亀先生のトレードマークともいうべき男性キャラクターたちはガチムチマッチョで男性ホルモンの権化のよう。いわば男性版叶姉妹だ。ぱっつんぱっつんのTシャツに透けた胸筋、汗ばむ肌と髯、胸毛、揉み上げが強調されたスタイル。ゲイのセックスシンボルをこれでもかと詰め込んだ夢の男性像がそこにある。峰不二子叶姉妹に代表される豊かな乳房とくびれた腰、砂時計のような臀部を持つ女性が多くの男性のセックスシンボルであるように、ゲイにも定番のセックスシンボルがあることがわかる。

 

ゲイブロガーごまぶっ子さんは「理想のハゲ坊主に出会いたい」としきりに書いていたが、わたしの義弟はガチムチマッチョのハゲ坊主で、恐ろしいほどゲイにモテる。新宿でラーメンを食べていたら隣の席の男性がしきりに視線を送ってきて、ついにペロリと頬を舐められ『ごちそうさま』と千円置いて席を立ったことがあったと義弟は困惑気味に笑いながら話してくれたけれど、これはなかなか怖い話だと思う。ジムで身体を鍛えはじめたころ、サウナと水風呂に黙ってどこまでもついてくる男性があらわれた。義弟はこちらも困惑気味な苦笑いでいたけれど、数か月後、ついに結婚指輪を誇示してその男性と距離を置いた。こうした話は枚挙にいとまがない。

 

義弟は優秀なエンジニアだ。もしも義弟を採用する会社が田亀先生のトレードマークであるガチムチマッチョの胸ぱっつんセクシーポーズ男性に自社の職員の制服を着せて看板にしていたらどうだろう。義弟に期待されているのがエンジニアとしての技術だけなのかどうかは疑わしい。義弟がセクハラに遭わないよう心配するのは当然だ。職場でのセクハラにはヘテロだろうがゲイだろうが警戒しておくに越したことはない。

 

ゲイを連想させるキャラクターが企業に不適切だということではない。田亀先生の描くガチムチマッチョは単なる男性ではなく、寺沢武一の描く女性同様セクシーなセックスシンボルだからだ。業務上顧客の幻想を叶えるセックスシンボルであることを求められる職場でない限り、こうしたイメージは不適切だ。

 

 

振袖とミニスカートとスイス鉄子

荒唐無稽で極端な話だと思う人もいるだろう。けれども多くの女性たちは企業が自分に求めているのは業務上の知識や技術なのか、「職場の華」として「女性ならではの癒し」をもたらすことなのか疑問に思うようなポスターや制服を度々目にする。

 

かつてのJALをモデルにした「スチュワーデス物語」というドラマがあった。フライトアテンダントを目指す堀ちえみは業務上求められる訓練として、救命胴衣のつけ方や英会話に加えて、機内トイレの中で振袖を5分で着るテストを受けていた。実際にそうしたサービスがあったかどうか知らないが*4ドラマの中のJALは国際線で機内食を提供するさいフライトアテンダントの振袖姿もサービスしていた。

 

いまだ航空会社はフライトアテンダントにタイトスカートとヒールのあるパンプスを義務付けているれど、さすがに振袖、草履はない。振袖姿で機内サービスを行うだけでも危険この上ないが、緊急時はどうするつもりなのか。フライトアテンダントに機内の安全確保を犠牲にしてまで機内の華であることを求めるのは間違っている。スカイマークは経営危機に瀕して腿を強調するようなミニスカートをフライトアテンダントの制服にしたことがあったが、これも振袖と同様である。

 

いうまでもなく、これは振袖やミニスカートが悪いという話ではない。TPOを外した不適切な選択だということだ。では萌えキャラはどうか。

 

職員をイメージしたキャラクターが企業のイメージを損なえば企業はダメージを受ける。東京メトロの職員をイメージしたキャラクターが、とろけた瞳に上気した頬で身体をくねらせ、不自然に身体に張り付いた制服を着ていれば、それは東京メトロの女性職員に期待されるのは運行の専門家であることではなく、乗客に性的癒しを与えるホステスだというメッセージだ。*5

 

「性的癒し」が「女性ならでは」のやさしさやきめ細やかな配慮であれ、凹凸を強調された肉体から醸し出されるセクシャルなものであれ、鉄道職員にこのようなサービスを期待するのは不適切だろう。よって公共交通機関が萌えキャラを採用するのであれば、そのキャラクターはけしてエロゲっぽさがあってはならない。エロゲまがいのキャラクターは企業のサービスを誤解させ、職員に対するセクハラになるからだ。

 

スイス・レーティッシュ鉄道はジャパンエキスポに際して箱根鉄道とコラボレーションして萌えキャラを採用した。誰もが一目でまごうことなき萌えキャラと認定するにふさわしい萌えキャラだった。しかしレーティッシュ鉄道が採用したキャラクター(以下スイス鉄子)は顔と頭身のバランスが萌えキャラなだけで、何ら「女性ならでは」なサービスを期待させる要素がない。

 

細かく見ていくとスラックスには脚の線が出ないよう配慮されているし、斜め掛けしたベルトが乳房に食い込むこともなく*6、身体の凹凸を仄めかす陰影もない。ジャケットはサイズがぴったりで、肩がずり落ち、指先がちょこんと出るといった幼さを強調する演出もない。

 

スイス鉄子が童顔であることは否定しようがない。しかしそれ以外は彼女が命を預かる鉄道職員として、運行に関する業務を滞りなく行う専門家であることを疑う要素はない。これはスイスが鉄道の職員に何を期待しているか、顧客に何を提供するつもりなのかを示している。彼女にメイドカフェのメイドのようなサービスを期待させる要素があってはならない。少女の立ち絵というだけでロリ!ロリ!と騒ぐ人は己の性癖を吐露しているのであって、レーティッシュ鉄道はこの種の期待に応える気がないことをスイス鉄子を通してよく示していると思う。鉄道むすめのキャラクターたちも同様である。彼女らは職務を果たす職員に過ぎない。

 

このような理由でわたしはセクシーシンボルをトレードマークとするポルノ作家が公共交通機関の職員をイメージキャラクターとしてデザインすることは不適切だと思う。それはポルノ作家の社会的地位や職業的尊厳の問題ではなく、提供するサービスを誤解させ、職員に期待される業務を逸脱させるものだからだ。振袖やミニスカートが悪なのでも、セクシーでホットなセックスシンボルが悪なのでもない。それはTPOと企業のコンプライアンス、また利用者のマナーの問題だ。

 

「おまえは差別主義者だ」

TPOと企業のコンプライアンス、そして利用者のマナー、また現実の問題である職員へのセクハラ問題を無視して、これを差別主義者だと言い募る輩に釈明する気持ちはさらさらない。彼らはわたしがはてなダイヤリーでエロゲの凌辱規制について意見を出したとき以来、かれこれ5年以上メンバー入れ替えしつつ延々粘着して罵詈雑言を吐き続けている。

 

彼らがやってくるのはいつもジェンダーなど何らかの差別問題が彼らのコンテンツに抵触するときで、彼らの言い分によれば彼らを不快にさせることこそ差別なのであって、彼らの愛するコンテンツに対する批判はすべて表現の自由の侵害であり、彼らの罵詈雑言は言論の自由であり、それを批判することは表現の自由の侵害、言論弾圧、人権侵害なのだ。もうそういうの、聞き飽きた。

 

彼らは自分たちに寄せられる批判はすべて「フェミ」によるものだと思っているし、自分たちが批判されるのは「オタク」だからだと思っている。フェミは男とポルノを敵視しており、性を嫌悪しており、オタクの愛するコンテンツを感情的な理由で不当に弾圧していると言い募る。彼らは自分たちに向けられる批判がオタクを自認する男女双方からも出ていること、サブカルコンテンツのすべてが差別的だと批判されているわけではないことをけして認めない。

 

彼らがフェミレッテルを貼る女性の多くが愛する伴侶や異性の家族、友人知人に恵まれていることも、好みのポルノ作家やセクシータレントを持っていることからも目を背ける。かと思えばそのような愛情と好意が自分に向けられないのは差別だと大騒ぎをはじめる。

 

彼らがいう「おまえは差別主義者だ」は「俺がみじめなのはおまえのせいだ」だ。*7自分の世話は自分で焼いてもらいたい。さして交流もない赤の他人に深夜にしつこくメンションを送って必死で自分の相手をするよう要請するのは間違っている。わたしがそこまで必死になれる相手はもちおだけだ。自分でそういう相手を探してもらいたい。

 

「とどめをさす」というエントリーを上げた人がいるようだけど、ほんと好きよね、勝ったの負けたの論破したのって。こういう人って現実に鉄道で働く職員が受ける女性差別や、女性の社会的地位の低さから起きる貧困やその子供たちの成育環境のこと、ゲイカップルが受ける蔑視については何もしないし、いわないんだよね。自分のコンテンツが脅かされたと思うときに都合よく出汁にして飛んでくる。

 

あなたがゲイを差別する気がないというなら、作家の名前を見ただけでゲイだから差別されたのだと早合点したのはどうしてなの。わたしがヘテロ男性向けポルノ作家なら、たとえばみさくらなんこつ先生だったら適切だというとでも思ったの。

 

あなたが声優の卵の子に手を出さずに送り届けたことでちょっと尊敬してたけど、「やれたかも委員会」見てたら、大切に思うから手を出さない人ばかりじゃないって最近わかったよ。あなたがいまこんなめちゃくちゃな言いがかりをつけて女性を叩いていること、彼女の目に触れなきゃいいなと思うわ。彼女のためにね。

 

ブクマから

はてなブックマーク - スイス・レーティッシュ鉄道と鉄道むすめ駅乃みちか問題 - はてこはときどき外に出る

id:kutabirehateko『弟の夫』のキャラを起用すれば「我々は多様な家族のあり方を目指します」というメッセージを打ち出せます。ダメですか?

2017/04/27 10:57

多くの企業は少なくとも建前として職員の採用基準に性的志向や家族構成を審査していないことになっている。それでもなお企業のブランドイメージとしてLGBTQや複合家族を応援していることをアピールするため起用するとしたら、同業の職員を過激に凌辱するポルノは廃刊にし、今後同様の作品は書かないことを条件にするのでは。売れるまでの足がかりとしてではなく、本業で一大ブランドを築いてきたポルノ作家にとってそうした制限が割に合うのかどうかは疑問。

 

スイス・レーティッシュ鉄道と鉄道むすめ駅乃みちか問題 - はてこはときどき外に出る

スイスの鉄道萌えキャラがOKなのだとしたら、たとえどのようなポルノ作家であっても性的記号をそぎ落としたキャラクターが描けるなら採用されていいのでは?とも考える。作家性と公共性のバランス感覚があれば。

2017/04/27 12:14

b.hatena.ne.jp

わたしがここで想定している「ポルノ作家」とは「ポルノも描いたことがある」レベルではなく、名前と作品、書き手の世界観が大衆に広く認知されているレベルの人。言い換えると画像検索で作品の世界観が一発でわかる人ね。このエントリーで例に挙げた方々はその点ですでに大御所であり、キャラデザインを変えてみた程度では企業と作家双方のブランドイメージを一致させることは難しいと思う。あえて書くなら看板を下ろして画風を変え、過激な性的ファンタジーをテーマにした作品と企業が紐づけられないことを条件にするのでは。

 

スイス・レーティッシュ鉄道と鉄道むすめ駅乃みちか問題 - はてこはときどき外に出る

はてこさんから見て問題無しという評価のレーティッシュ鉄道のあの絵が、実は壮大なドッキリで書いたのは田亀源五郎氏でしたとなった場合、あの絵に対する評価を覆すことになるのだろうか

2017/04/27 17:34

b.hatena.ne.jp

上に同じ。今回の書き手についてレーティッシュ鉄道は書き手の過去作品をある程度調査していると思うが、過去作品に鉄道職員を凌辱する作品や車内風紀を乱す性犯罪をテーマにしたものがあり、それがスイス国内で広く周知されているなら採用しなかったでしょうし、今後そうした事実があれば不採用になってもそれを差別だとは思わない。スイスからPNで検索して、児童ポルノ画像が一発で出てくるならもちろんダメだろうね。

 

kutabirehateko.hateblo.j

*1:以下敬称あったりなかったり。

*2:追記:逆にいえばセクシーアイコンであることが求められる場であれば市役所だろうが国会だろうが採用すればよい。ゲイのセクシーアイコンなら同性カップルの養子縁組や相続権をめぐる問題など。しかし公共交通機関が利用者に向けて職員の性的志向を強調するようなキャラクターを採用するどんな理由があるのか。

*3:「表に出したらダメだってことか」と社会の恥部扱いしているように感じた人がいるようだけど、公共交通機関の職員像として不適切なことは不名誉なことではないし、最適だということも取り立てて名誉なことではない。権威にこだわりすぎだと思うわ。

*4:あったんだろうな。

*5:モデルになったオリジナル駅のみちかも困り眉で頬を染めているという指摘があるが、オリジナルは教科書や絵本に出てくるような素朴なデザインで不自然に下半身を浮かび上がらせるような陰影はついていない。

*6:この絵柄なら普通は間違いなく食い込ませるよ。

*7:スイス鉄子は認めて駅のみちかはダメな理由はなんだと言い募った人の「あなたはなぜ日本人を差別するんですか」とかね。

締め切りのフーガ

結婚してからもちおが何でもかんでも心配するので、家にいるときは以前より自分に自信がない。もちおがいてくれないと不安に思う。しかし一人で旅先にいるときは居酒屋でビール飲んで繁華街のホテルに泊まったりしてもなんともない。一人暮らしのときはこうだったな、と思い出してちょっと新鮮だった。

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はじめて仕事に行き詰ったのはゲーム会社でデザインから企画に回されたときだった。

 

当時の家庭用ゲームのデザインは色数や容量の制限はきつかったけれど、仕事時間中ひたすら絵を描いて、普段は終わろうが終わるまいが定時になったら帰ることになっていた。泊まり込んで仕事をするのはプログラマーでデザインはそこまでタイトなスケジュールに追われることはなかった。

 

ところが企画は全体のスケジュール管理をしないといけないんですね。自分のスケジュールはもちろん、デザインとプログラマの進捗を把握して指示を出さないといけない。小さな会社だったので同時にデザインもしなくてはならなかった。

 

これがわたしにはめちゃくちゃきつかった。デザインは持ち帰れないけれど企画とスケジュール管理は身一つで出来るぶん頭に残るので、仕事が終わってもそのことを考え続けてしまう。これですっかり神経やられて最終的には仕事を辞めた。

 

それからずっと仕事を選ぶときはオンオフの区別が明確な仕事を選ぶようにしていた。逆にいえばいつでもどこでも出来る仕事は避けてきた。自分で仕事をはじめるまでは。

 

東京へいっていた間は朝から晩まで予定がぎっしりだった。それも目の前の仕事の予定だけで、ホテルへ帰ると今後の仕事の準備やら連絡やら資料作りやらが山ほどある。当日の仕事があってもなくてもやることは常に山積みで、レシートも名刺もメールも貯まる。泣ける。いや、泣けない。「あれ、今日はこの時間仕事が入ってたんじゃ」とぎょっとして目覚めることも増えた。

 

特に難しいのが隔週違う曜日の違う時間で数か月単位の仕事を複数掛け持つこと。全く違う仕事だけれど、短期連載を複数持っている漫画家にちょっと似ている。1,3(金)の10時を3月から、14時は1月から、19時は4月からと、2,4(月)の16時を3月後半から、18時を4月前半からみたいな変則スケジュールがあって、頭が混乱する。それぞれ違う資料が必要で、それを書いてプリントする時間がいるし、これらに加えて日々入ってくる単発の仕事もある。

 

元来こうした時間やお金や予定の管理が苦手なのになぜ自分で仕事をはじめてしまったのだろう、ぜんぶ閉めてクリーニングの受付なんかで雇ってもらっちゃどうだとときどき思う。「やれるもんならやってみろ」ともちおはいう。まーそうよね。出来たらそっちやってるよね。

 

大した額を稼いでいるわけではないのに、最近では手持ちの仕事を回せないのでもう仕事が来なければいいなと思うようになってしまった。こうした悩みを話すと「事務は事務代行を頼めばいい」「資料はデザイン会社に出せばいい」「印刷は印刷会社に出せばいい」といわれる。大企業か。だったら秘書かマネージャーも雇うわ。

 

どんな才能をいかしてどんな仕事をするにしても、少なくとも一人でやってる間は管理能力の高い人が生き残るんじゃないかな。管理能力って訓練で伸びるものなんですかね。そうだったらいいなあ。

 

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母の手料理を買う

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「掃除の仕事募集に申し込んだら電話で断られた」と70歳を超えた母がいうので切なくなって、「わたしの稼ぎから手間賃を払うからときどき食事を作ってほしい」と頼んだ。有料で家に呼ぶ口実と自慢の料理をふるまう機会ができて母大喜び。

 

母は昔から1円単位で倹約につとめており、いつもお金の苦労をこぼす。わたしは子供の頃、家はとても貧しいのだと思って戦々恐々としていた。蓋を開けてみると父の年収や祖父母の資産は貧しさとはかけ離れたもので、母が離婚後に受け取った慰謝料や養育費はバブル景気を考えてもかなりのものだった。母は離婚後不動産業界に入ってさらに相当な額を稼いだが、子供たちにはいつもお金がないで通していたので、あれやこれやで手にしたお金が子供に回ってくることはほとんどなかった。

 

その甲斐あって母はいま利便性のいい街に手ごろなマンションを買い、そこそこの年金と家賃収入があり、どう考えても我が家より貯金もある。それでも掃除の仕事を断られたと聞くと母が寄る辺のない老婆のように思えて胸が痛む。幼いころの刷り込みなのか「ママがたいへんだ」と思ってしまう。懲りない。年も年なので一人住まいで元気にしているかどうかも気になる。

 

母への同情だけではない。去年一年もちおの闘病生活を最優先させた結果、それまでの生活のリズムがすっかり壊れた。何曜日にどこへいって買い物をし、常備菜はこれとこれ、お弁当の予算がこれくらい、といったやり繰りを思い出せない。比較的得意だった部屋の片づけや収納すら混乱状態で、助けが必要なことも事実だった。

 

母は何しろ料理上手で、いうこと、やることはめちゃくちゃでも料理を食べると「こんなに美味しいんだからまあ仕方がないか」とかなりのことを水に流す気になる。「美味しんぼ」を「料理で屈服させる漫画」といった人がいたけれど、母の料理にはその種の威力がある。素材は神経質なほど厳選され、栄養バランスもしっかりしていて信頼できる。

 

漫画家の新條まゆ先生のスタジオではまかないに御母堂の手料理がふるまわれると聞いた。「料理上手で面倒見のいいおかあさんなんだなあ」とほのぼの思っていたけれど、細々と自営業をはじめてみて親に小遣いを渡すより雇った方が税金対策としていいのだと気がついた。

 

家の食費から材料費を渡し、手当はわたしの稼ぎから出す。以前は母の携帯代金を負担していたけれど、修理や手続きのたびに名義人であるわたしを呼ばなければならないのがいやになったらしく、現在は母が自分で払っている。手間賃は携帯代より多いので母の受け取りはプラスになった。

 

これで味をしめたのか、事務作業がまわらないと話したら「ママはそういうこと得意よ」と言い出した。本当にそういうことが得意なのは知っているけれど、帳簿なんか任せたら一から十まで口出しされることは間違いない。実際母親に事務代行を任せた知人は出費内訳についてあれこれ叱られるようになって困っていると話していた。

 

「あれこれいわれるから嫌だ」といったら「そんなことぜんぜんいわないでしょう!いついったのよ!」と日頃の過干渉を棚に上げて激高する。「『まったく、はてこはもうこんなものを食べて、もっちゃんがかわいそう!』っていつもいうじゃない」「いわないわよ!いつそんなことをいった?」「いつもいうでしょ、『まったく』ってママの口癖だよ?自覚してないなら知っておいた方がいいと思う」と答えた。母は黙った。おそらく「まったく」と言おうとしていたのだと思う。

 

話が出たとき家の食費から材料費として母にいくらか渡していいかともちおに相談した。母は節約の鬼なので、何食作ってくれるかわからないけれど、外食費よりは安くなるだろうからと思って。しかしどうしたわけかいまのところその計算は外れ、費用対効果は外食費とあまり変わらないか、むしろそれ以上という結果になっている。

 

申し訳ないので食費もわたしの稼ぎから出すべきだろうかと再度もちおに相談すると、「親孝行なんだから、一食いくらで計算するものじゃない」ともちおはいった。仏か。「それに回数少ない方がおかあさんに会わないですむから俺はうれしい」。いつもいつも親孝行につきあってもらって恩に着る。

 

ももちおにはいつも感謝の言葉をのべる。一方わたしに恩を感じる筋合いはないと思っていることを何かにつけ態度で示してくる。なんなんですかね。でも放っておけないのよね。ご飯は美味しいし、姿かたちはきれいだし、やることは面白いくて飽きないしで、いまだに手玉に取られているんですかね。 これだけいろいろあってまだ海外旅行とか、連れてってやりたくなっちゃうからね。親がどう思っているかはともかく親にしてやれることができて働いてよかったな、と思うからね。

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堀井みきさんのトークショーを聞きにサンクチュアリ出版へいく

東京出張の期間に風の他人の姫姉様こと堀井みきさんがサンクチュアリ出版主催のトークショーを開催するというので、これも何かの縁だと思ってのぞきにいきました。

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わたしは堀井さんのブログ、とくに雑記ブログを読むのがすきで、ほぼ毎日更新をチェックをしている。まめに更新されるので新聞の4コマ漫画を楽しみにする感じと似ている。去年もちおが闘病中もよくお世話になった。

 

個人的なやりとりは特にないけれど、一人暮らしをはじめたときは蕎麦を送ったりしたので、親戚のお嬢さん感がある。ひとつ晴れ舞台を見に行こうと思った。

 

サンクチュアリ出版の会場

早めについた。このあと会場はびっしり人で埋まって最終的に40名前後が肩寄せ合ってスライドをみるという展開に。男女比は1:9ほど。女性ファンが多い。

 

わたしは日頃90分一コマで講座をすることがあるのだけれど、ひとりで120分話すというのは大変だろうなと思いながら見ていた。堀井さんははじまる前からかなり緊張している様子で、来場者と笑顔で話していたけれどピリピリ感が伝わってくる。授業参観に来た保護者の気分。

 

ブログのモテ指南をもとに堀井さんが用意したスライドは「モテ貯金おさらい」といったものでブログ読者にはなじみのある話だったと思う。堀井さんは「うんうん」が口癖らしく、句読点がわりに「うんうん」とひとりで合点しながらどんどん話を進めていた。*1結果的に予定を大幅に短縮したようでスライドはあっという間に終わってしまい、質問タイムが一時間以上残ったので見ているこちらがものすごく焦った。

 

「何か質問ありませんか」をマッチ売りの少女のように繰り返す堀井さんに集まった堀井さんファンが雨だれのようにポツリポツリと質問しつづけ、なんとか予定時刻まで乗り切った。こういうとき主催者は助け舟を出さないの?と思ったけれど、サンクチュアリ出版の人は来場者のひとりですという顔で傍観しており、もうサンクチュアリ出版の本は買わないしベストセラー作家になってもサンクチュアリ出版から本は出さないんだからね!という気分になった。だいぶ動転していたと思う。

 

しかし後に堀井さんのブログを見たらそれなりに満足していたようでホッとした。この展開も考えようによっては堀井さんらしいエピソードであった。

 

モテ指南講師として

この日、堀井さんはブログで紹介していた山吹色の不二子ワンピにグレーのカーデガンを羽織り、髪をシュシュでひとつにまとめていた。メイクも控えめでとくにモテ指南をするような女性には見えない。でもなぜモテるのか、とてもよくわかった。

 

堀井さんには人を委縮させるような威圧感がまったくない。丸腰の普通女子感。もっといえば「この子はちょろい」と油断させ、日頃自分に自信が持てない男性さえ調子に乗らせるような隙がある。おそらく調子に乗った男性からちょいちょい失礼なことを言われていると思う。けれどもそういうときに相手を冷たい目で見たり、目くじらを立てて怒ったり、凹んだり怖がったりして相手を恥じ入らせないんじゃないかな。お兄さんがいるそうだけど、兄に慣れている妹らしさがあった。

 

イベントのなかで「男性は孔雀のような華やかで自己主張の強い女性より、雀のような控えめで素朴な女性 を好む」といっていたけれど、確かに外見は雀系を目指している様子。孔雀を連れ歩いてステイタスにしたいのは強者男性に多い。でも一握りの強者より雀を好むその他大勢に好かれた方がいいということなのだと思う。孔雀好きは雀を怖がらないけれど、雀好きは孔雀を怖がるしね。でも堀井さんはぜんぜん雀じゃないので雀枠でモテると長期的に見たら息が詰まることでしょう。

 

モテのアドバイスとして「女子アナが好むようなおもんない服を選びましょう」という話があった。スライドの例から見るに、イオンが似合うデート着のような服。堀井さんは本当は豹柄が好きだけれど男性ウケが悪いので着ない、とブログに書いていた。年内結婚を目標に婚活をはじめたそうだけど、パートナー候補があらわれたら不特定多数モテキャンペーンを終了して、豹柄を解禁するのか興味がある。

 

堀井さんの面白いところは雀じゃないのに雀枠の需要にせっせと応えるようすすめているところ。また厳格な雀推し主義者でありながら雀は絶対にそんなことをしないということを次々やっているところ。雀かと思ったら百舌鳥だった。はやにえ注意。

 

以前堀井さんはパートナー候補があらわれたらブログのことは隠し通すかブログをやめると書いていた。今はブログを書いていることを打ち明けて、姫姉様ごと面白がってくれる人と添い遂げたいといっていたので個人的にうれしかった。豹柄でもゼブラ柄でも虎柄でも自分に似合う好きな服を着て、そんな自分を面白がって対等に渡り合える相手と出会えるといいですね。

 

帰りに小さなブーケを手渡して自己紹介をしたんだけど、よほど緊張していたのか、あとでメールを送ったら「あのブーケははてこさんだったんですか!」と返事が来た。ちゃんと顔見て渡したでしょ!でもわたしもてんぱってるときはお客様を目の前にして半ば夢見てるみたいになるから気持ちはわかるわ。お疲れ様でした。

 

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*1:ブログアイコンとして使われている黄色い小鳥の絵はそこから出てきたのかも。

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関東唯一のアイヌ料理店 新大久保「ハルコロ」でルイベを食べた

先週ひとりで東京へいって、アイヌ料理を食べてきました。

 

アイヌについては去年のナコルルの件から思うところがあり、そこから日本という国を見つめなおすことになった。見聞きし、感じたことをまとめきれないでいる。

 

今年に入ってTwitterを眺めていたら、「アイヌには料理がない」とアロンアルフアも真っ青な粘着力で執拗に言い募る人たちと、それに反論する人たちが出す資料の数々が目に入った。

「アイヌ料理」をどうしても否定したい人たち - Togetterまとめ

「アイヌ料理」が報道されるたびに噛みつく人 - Togetterまとめ

そこで繰り返し出てきた「ルイベ」という料理が気になったので、東京へいったついでに食べてきました。

 

アイヌ料理店「ハルコロ」

新大久保駅を降りて、少し新宿側へ戻ったところにある。

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「鹿肉」の看板が出ているのが店の前。

早く着きすぎて店の前に旅装束で立っていたので店主にぎょっとされた。 

店内。居酒屋さんです。

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スペースシャトル式に四方八方あれこれ貼ってある。

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清里」とあるので山梨は八ヶ岳のリゾート地かと思ったらお酒の名前だった。

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入り口にアイヌの着物。 

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ルイベあるよ、ルイベ。

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メニューの裏。残念ながらこの日ここにある素材は食べられなかった。

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ルイベとアイヌ料理

ルイベとは秋口に獲れる生鮭を切り身にして軒先に吊るし、寒暖の差を利用して水分を抜いた保存食。現在では生食用の鮭を冷凍庫で凍らせる方法が主流なのだそう。

 

冷蔵庫が登場するまでは塩漬けでない生の鮭を保存して食べる方法は他になかったんだって。いわれてみれば冷凍庫ないあいだは生魚の流通は腐敗との戦いだったはず。舗装されていない道を自動車も使わず食べられる状態で運ぶには創意工夫が必要だったことでしょう。数か月前には存在すら知らなかったルイベだけど、いまやわたしは竹の子の灰汁ぬきよりルイベの作り方の方が詳しい。でも味は想像できなかった。

 

というわけで、昼間からランチメニューを無視してルイベを頼みました。

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うん…冷たい刺身だね…。

 

日本の刺身は魚臭さを消すためにあれこれ工夫をするけれど、この日食べたアイヌ料理は全体的に磯の香りを含めて味わうもののように感じた。強いお酒が合いそう。わたしはほとんど飲めないうえにこのあとがんばって羽田へ出て飛行機で帰る予定だったので飲むのはやめた。残念。

 

チポロイモ。蒸かしたジャガイモにイクラを合えてある。味はイクラの味だけ。

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オハウ。豚汁の鮭版みたいなもの。汁物をオハウというのかな?強烈な磯の香り。

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ランチメニューはアイヌ料理ではなかったので単品にしたけれど、鹿肉丼や鮭丼なんかもあります。丼ものはそれだけでお腹いっぱいになりそうだし、鹿は屋久島に限ると思って頼まなかった。鹿にうるさい女になりました。 

 

単一民族国家幻想の終わり

はじめは奥で料理していた男性ひとりだったけれど、途中で女性がやってきて給仕に会計に忙しくしていた。女性の背中と腰回りがフンベシスターズとどことなく似ていて、顔つきにも独特のものがあることに気がついた。でも以前にアイヌに出会っていなかったら気づかなかったと思う。アイヌの女性なのかな。

 

わたしは知識として琉球アイヌのことを知っていたけれど、これまで日本を単一民族国家だと思っていた。ロシアや朝鮮や中国の血が流れる「日本人」はいても、異文化をルーツに持つ異民族が日本で暮らしているという認識はまったくといっていいほどなかった。異民族とはどこか遠い国で暮らす言葉も通じない人たちだと思っていた。また中国やベトナム少数民族を弾圧していることを他国の問題だと思っていたし、ナチスドイツのユダヤ人迫害とその後の軌跡も対岸の火事として見ていた。

 

帳簿をつける女性の手元を見るともなく眺めながら、この人がアイヌだとすれば、この人はわたしの先祖が絶滅寸前に追いやった民族の生き残りなのだと生まれてはじめて思った。また、その陰惨な歴史をなかったことにしようとするだけでなく、アイヌはもはや存在しないとか、そもそも継承に値するような固有の文化を持たなかった、料理をする習慣すらなかったとまで騒ぐ人たちが自国にいることについて考えた。

 

差別を自覚することは自国の歴史と自分自身を糾弾する否定的な行為だと思う人がいる。わたしはそうは思わない。何が差別で何が人の権利なのかを考える上で過去の歴史を無視することはできない。たまたまそんなことを考えなくても困らない立場に生まれただけで、もっと早くから知って、自分の生き方を考えておいてもよかった。

 

名誉白人として有色人種を、名誉男性として女性を、そして名誉和人として異民族を迎えようとするのは傲慢なことだ。固有の文化や生理的な作りを、また思想や伝統や哲学を尊重することは、その方が有利だからとマジョリティに同化させることとは真逆だと思った。

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帰りは新宿駅まで線路沿いを歩いて帰った。5年前まで新大久保へは毎年人間ドックで通っており、17年前、わたしはこの線路沿いにある木村屋のそばの会社で働いていた。新宿に出た交差点に映画「A.I.」の広告が大きく出ていたことを思い出す。

 

プロバイダーは海外資本で、国外からの問い合わせに答えながら遠い国にいる日本人のことをよく考えた。いまは国内にいる異民族のことを日々考えている。いろいろなことが変わった。まだ上手く言葉にできない。

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