母の隠し工房

 押入れに秘密基地を作ったが情報漏洩により娘たちに乗っ取られたというまとめを見て母のクローゼットを思い出した。

 

母は隠居ライフに入ってから長年の夢だった人形作りをはじめた。粘土で顔と手足を作り、その土台に縮緬を貼って、それに古い着物をほどいて作った着物を着せる。場所を取る趣味なので、お店を広げると片づけるのがたいへん。そして母は部屋を散らかしたまま別の作業に移るのが大嫌い。そこで一計を案じてクローゼットの一角を上手いこと工房に改造した。ささやかなスペースだけれど、隠し工房っぽくて関心する。

突っ張り棚の上に板を渡して作業机に。右手の籠には古布や糸が入っている。

バインドとS字フック、ネットが大活躍。市内の100均を知り尽くす女。 

閉めればすっきり。

 

母は数年前まで家を建てるつもりで長いこと図面をあれこれいじくりまわしていた。そのときの図面をもとにわたしが書いたキッチンがこれ。

結局マンションを買ったのだけれど、いまのキッチンはこの絵にちょっと似ていて面白い。

ともに暮らせるお土産

旅先で日用品や実用品を買うと、旅の思い出とQOLが同時に満たされてよい。お土産をもらうときもそういうものがうれしい。


最近のヒットは先日書いた電子レンジで暖かくなるクッション。買ったその場で袋から出してレンチンしてもらって道みちホカホカして過ごし、いまはおはようからおやすみまで大活躍している。


最新のお土産ヒット、いや、ホームランは高知帰りの友人がくれた本枯節。我が家には鰹節削り器がないのでベンリナーという野菜スライサーで削る。粉微塵になるが十分である。どちらにしても鰹節をきれいに削るのはそれ用の道具を使っても難しい。


削った鰹節でとったカップ一杯ほどの出汁に醤油と梅干し、あと刻み葱と海苔ね、それにスーパーで投げ売りされていた素麺をつけて食べた。いやー、もうねー、台所に質のいい蕎麦屋の香りが充満してねー、ひとくちすすると「お?おおお?!うっはー!!!」って感じでですね、まあ素晴らしいんですよ。


山陰遠征では鳥取の道の駅で野菜を買い込んだのだけれど、このとき買ったキャベツを手でペリペリと剥がしてちぎってテフロン加工のフライパンで蒸し炒めにしてですね、鰹節と合えるでしょ、もう無限に食べたい。キノコ類やツナ缶を合わせてポン酢をかけてもいい。


旅の土産と言えば福岡の古賀SAに寄ったら必ず買うのが明太ペペロンチーノの小瓶。日頃ケミカルは舌にクルので明太子は避けているんですが、明太ペペロンチーノ瓶はねえ、美味しいんですよ。これがあると毎食パスタでウッキウキなの。これを蒸し炒めにした鳥取キャベツに合えて食べようと思うとスキップしたくなります。


鳥取は食べ物が美味しいと聞いていたけれど、コンビニ弁当やチェーン店では実力はわからないと思う。言うほど美味しいか…?と素材を見ると岡山や広島の食材が使われているところが多かった。しかし「これは!」と思うものが出されたときに素材を聞くと鳥取ものなんですね。もちろん調理の仕方もあると思いますが、素材が美味しい。もちおが三朝温泉で食が進んだのは温泉効果だけではなかった。


なので経済的な余裕があれば地元食材を売りにしている宿に泊まる、時間と体力の余裕があれば米も肉も野菜も乳製品も道の駅や販売所に売っているので買って帰って宿なり自宅なりで料理するのがおすすめ。帰り着いたときはこんなに買って馬鹿なんじゃないのと思ったけれど*1、いまはもっと買い込んでおけばよかったと後悔している。


境港では戦前からやっていると言うゲゲゲの鬼太郎に出てきそうな雑貨屋でティーカップを一客買った。500円だった。昔ながらの青い箱に入った蠟燭も買った。毎晩この蠟燭を灯してティーカップでお茶を飲む。ときどき境港を思い出す。


家にいるのがつらかった日々に立てた旅の予定はこれでほぼ消化し終えた。家にいるのが楽しくなって、世界でいちばん家が好きで、もうどこへも行きたくないので、くたびれはてて旅から帰ると「やったー!」と思う。おうち大好きー!はてこ帰ってきたよー!ただいまー!とひとりでテンション上がる。わたし、いま家と仲良しなの。


でも旅先で手に入れた物と暮らしていると、次はどんな季節に行こうか、そのときはどこを周ろうかとまた旅の計画を立てている自分に気づく。


寒い時期は着替えがかさばって荷物が増えるし、宿が寒いと地獄だから暖かくなるまで家から動きたくない。でもセブは暖かいんですよね、ベトナムや台湾も。ああ、どうしよう。いつまで家に落ち着いていられるかしら。

*1:柿、梨、キャベツ、大根、薩摩芋、葱、南瓜、にんにく、らっきょうなど。おにぎりも2つ買って大事に食べた。ご飯が美味しい。

きらめく彩りと葬儀の話

ミルトン・エリクソンの逸話の中に「きらめく彩り」という話がある。

 

夫の仕事で知り合いもいない遠い町へ移ることになり気が塞いでいると悩む女性が相談に来た。エリクソン博士は催眠下の彼女に「あなたはその町できらめく彩りを見るでしょう」と告げる。転居を憂いていた彼女は「きらめく彩り」に強い興味を持って引っ越しをすませた。ふさぎの虫は好奇心によって追い出されたのであった。

 

数年後、彼女から「『きらめく彩り』を見つけた」という手紙が届く。彼女はその地域に生息地にするキツツキに夢中になり、その後同種の鳥を追いかけてさらに遠くまで旅に出ることにしたのだった。

 

わたしは想定外のことが起こると「これは伏線だ」と思う。フラグが立った。立たなかったら起きなかったイベントが発生する。この伏線はどこで回収されるのだろう。

 

最近では夜の寒い駅のベンチで二時間座っていなければならなくなったときにそう思った。

 

腰を落ち着けた席の斜め前に電子レンジがあった。そして手元には直前に偶然入った店で買った電子レンジで温めるクッションがあった。冬の駅待機イベント用アイテムだったのか。奮発した甲斐があった。

 

ホカホカのクッションに座ってショールで身を包み終えると、電子レンジの反対側に置いてあるピアノを通りがかりの人が弾き始めた。このタイミング。イベントは順調である。やはりこれは何かの伏線なのだ。

 

このイベントフラグはもっと前から立っていた。

 

クッションを買った店でフランス語を話す大人たちが突然振り返ってこちらを凝視したときはびっくりしたが、腰かけていたベンチの下から金髪の少女が飛び出してきたのにはさらにびっくりした。しかしそのあとエレベーターで再会したときと、道を間違えて戻ってきたところでまた会ったときにはフラグだと思っていた。

 

少女と大人達はずっと先に行ってしまっていたが、末っ子らしき幼い少年は何かぶつぶつ文句を言いながらダラダラ遅れて歩いていた。わたしは彼と並んで駅まで歩いた。どなたのシナリオかわかりませんが、不貞腐れる天使みたいな子に駅まで先導させるという演出はよかったです。スマホの電池が切れかかったときは焦りましたが、Google に頼らないで済むようになっていたんですね。またああいうのお願いします。

 

さて、メインイベントは何だろう。

 

フランス人ファミリーは駅に着いたところでわかれ、何人かの人がピアノを弾いては立ち去っていった。クッションのおかげで寒くはない。発車時刻までまだ時間がある。いまこの構内のどこかにフラグが立っているのだろうか。わたしは本から顔を上げてあたりを見回した。

 

もしスマホの充電とパケットに余裕があったら顔を上げていなかったかもしれない。しかしわたしはすでにスマホアクシデントによってイベント発生条件を満たしていたのであった。そしてかれこれ30分近く隣に座っている大人し気な老婦人に気が付いて、何気なく声をかけてみた。「何時の電車ですか?」

 

「ああ、電車じゃないんです、バスなんですよ!」婦人は顔を上げると堰を切ったように話し始めた。

 

これから一時間に一度の高速バスで離島へ帰る。二時間前に駅についたが当てにしていたバスに乗れなかった。いつもは予約しなくても空席が出るけれど、今日は特別混んでいる。昔は飛行機や高速艇もあったが、最近は高速バスだけが頼みだ。地元では車がないと暮らせない。一気にそこまで話してしまうと「私は生まれも育ちもそうだけど、あなたお嫁に来たら大変よ」と笑った。

 

「娘が嫁ぐまで飛行機も新幹線も乗ったことがありませんでしたからね、あちらのお義母さまにはびっくりされました。今日は婿さんのお父さんが亡くなって、葬式の帰りなんです」

婦人は疲労の色をにじませながらも明るく言った。

「あらそうですか。お葬式じゃ予定をいってもらうわけにもいきませんね」

「それがいまは親戚が集まるまで冷蔵庫に入れて待ってもらえるんですって!」

婦人は目を丸くして最新家電の噂をするような調子でいった。

 

娘はこれこれの町に住んでいるけれど、婿さんの親戚はどこそこにいてね、ええ、お医者様なんですよ。お嫁さんもそっちの方で、お嫁さんは生まれもそっちだからあちらの言葉でね、こんな風にいうんです、ふふ!それでみなさん集まるのに時間がいるでしょう、だから葬儀場の冷蔵庫に!預かってもらったんですって。いまはねえ、そんな風にできるんですねえ。

 

それを今日出してね、湯灌してもらって。もうすっかりきれいになってねえ、お化粧もしてもらうでしょう? まあ本当にお元気そうで。変わらないんですよ、生きてた頃と。もう90歳ですからね、みなさん、そう泣いて泣いてって風でもなくてね。お連れ合いはもうずっと前に亡くなって。ええ、もう孫さんもみんな大きいの。

 

それで、お棺のまわりにお花とか、あれこれ入れるでしょう? それで、あの、煙草はいれていいらしいですね、煙草もね、入れて。そしたら、口がね、冷蔵庫に入れてるあいだにちょっと開いちゃってたんです。そしたらまあ、葬儀社に気が利いた人がいてね、口の開いたところに煙草を入れて!

 

ちょうど、ちょうどぴったりなんです。もうびっくりしてねえ、もうなんだかみなさん笑ってしまって。そしてお酒もちょっとストローで入れてあげたんです。そしたらどういうわけだか、頬っぺたがポーっと赤くなってね! 最後にお棺の蓋を開けてお顔を見たら孫さんたちも「あら!じいちゃんよかったねえ」って。

 

「きれいなお顔で、煙草をくわえてねえ。本当にもうびっくりしましたよ。あら、ごめんなさい、もういかないと」婦人は楽し気にとっておきの葬儀話を締めくくると時計を見て名残惜しそうにいった。「バスに乗る前にトイレを済ませないと。バスのトイレは揺れるから怖いんです」ちょうどわたしもそろそろ支度をしなければいけない時間だった。

 

「わたしも発つ時間です。楽しいお話をありがとうございました。どうぞお気をつけて」 

「まあ、何のご縁かわかりませんが、こんなところでお目にかかれて。あなたもお気をつけて」

 

真っ暗な夜に煌々と照らされたホームに立ち(長い人生お疲れさまでした)と煙草をくわえて旅立つ名も知らぬ人に心の中で思った。 最後の最後にみんなを明るくするようなお別れができるなんてうらやましい。こちらでお目にかかることはないでしょうけれど、うちの夫が去年そちらにいっていますから、どこかで会ったら仲良くしてくださいね。

 

いいイベントだった。二時間待った甲斐があった。きらめく彩りは人生のそこかしこに用意されている。いつどこで回収されるのか、目を光らせておく必要がある。

 

成仏していないらしい夫

このご時世、死者と話せるのはもはやイタコの専売特許ではないようで、ちょっと検索すると数えきれないほど金さえ払えばあの世と通信いたしますというサービスが出てくる。そこでもちおは成仏していないといわれて、あまりに予想外の話に打ちのめされて号泣したけど、よく考えたらもちおらしい話だったので立ち直ったという話。

 

わたしは夫を荼毘に付して以来、「お骨」をどうするかということをずっと悩んでいる。「もっちゃんの骨焼いたやつをどうしたらいいかと思って」というと母が血相を変えて「お骨でしょう!」と言い直すんですが、つまり骨ですよ、骨。

 

死後の魂はあると信じる人のなかでも死生観はさまざまで「いつもそばにいて見守っている派」「仏壇(などの祭壇)から連絡とれる派」「墓にいったら会える派」など大まかにわけても三種類もあり、これらの混合をうやむやなまま受け入れている人も少なくない。

 

何にしても火葬したとはいえ骨は依然人体の一部であるから適切に扱うには法的にも心理的にもそれなりに配慮が必要である。もちお自身がどうしてほしいかわかればいいのだけれど、もちおは意思の疎通が難しくなる文字通り今際の際まで生き延びることを願っていたので遺言なんて縁起でもないことを話し合うのは嫌がった。

 

そして骨が残った。

 

もちおの大部分が消えうせ、変わり果てた骨だけが家にあるという衝撃的な暮らしがはじまって一年、もちおの骨に対するわたしの思いは幾度かの変節を経た。その経過については今回詳しく扱わない。結論からいうといまのわたしにとってもちおの骨はもちおの髪や爪のようなものである。もちおの一部ではあったけれど、もちおそのものではない。そのものではないけれど、もちおが生涯愛用したものであるし、わたしも本当に世話になったから敬意と感謝を込めてしかるべき方法でふさわしいところに落ち着けてやりたい。

 

ではそのしかるべき方法、ふさわしい場所とはどこなのか。

 

「こちらで引き取って先祖の墓に入れる」といっていた姑はLINE通知は即レスするものの相変わらず動きがない。姑は手続き関係の処理と部屋の片づけと舅親族とのつきあいが致命的に苦手であり、またそれらに舅が手を出すことめちゃくちゃ嫌がる。嫁から息子のお骨を引き取って家に仮置きし、その後親類縁者と墓所に相談して役所に届けを出して墓に入れるというタスクをこなすのは相当難しいと思う。

 

ちなみに姑は我々の入籍の際も戸籍謄本を期日までに送ってこず、入籍前に式は挙げられないという宗教信条のため結婚式が取りやめになり、息子は破談寸前までいった。一事が万事である。

 

世の中には人数と気力、迫力、経済力に物を言わせて問答無用で子供の骨を連れ合いから強奪するように引き上げる義実家もあると聞く。それを考えたら心いくまでじっくりと骨と向き合わせてもらえたわたしはしあわせものだ。実際葬儀の直後に義実家がそんな風に骨を持って行ってしまったらわたしは生涯義実家を怨んだだろう。

 

「逆に自分がもちおさんの親族だったら自分の身内の骨を勝手にもっていっちゃったはてこさんを怨む」といった人がいた。そんなことで怨まれるのは筋違いだと思ったが、災害や戦火によって失われた命を弔うため一片の骨でもいいから持ち帰れないかと苦心する人々のことを思えば義実家が内心「そちらの墓に納めてほしい」という嫁からの申し出を待っていたとしても驚くにはあたらない。そう思って姑に連絡して何度か話し合ったんですけど、態度から考えるにちょっとそこまで思ってないみたいなのよね。まあ福岡市は骨壺サイズが市で指定されていて、入りきらない分は強制的に篠栗に持っていかれちゃうから大半は篠栗にいっちゃったしね。

 

ほいで、あるときふと思い立って、死者サイドの言い分をあの世の制度と因縁含めて審議してくれるというサービスを利用してみたんですね。webから申し込んで支払いは銀行振り込み、数週間後に結果が送られてくる。便利な時代ですね。こういう業界にも相場があるようだが、非常に良心的な価格であった。何よりはるばる恐山までいく時間と費用と体力を考えたら破格である。

 

依頼してから数週間ほど経って、進捗どうですかとメールで問い合わせたところ「非常に難しいケースなので時間がかかる。通常の対応ではないが、もしかしたらそちらに電話で問い合わせをさせてもらうかもしれない」という返事が来た。どこがどう難しいのかぜひ聞きたいと思っていたら数日後に「解決したので回答を送る」というメールが続けて届いた。そしてさらに数日後、ポストに丁寧な字で書かれた手書きの長文が届いた。

 

わたしの依頼は夫の骨にどう始末をつけるのが最善か、あの世の面々の意思も含めて知りたいということだった。なので返信には墓に関する指南を期待していた。しかし手紙の内容はわたしの予想と期待から大きくかけ離れたものだった。手紙には以下のようなことが書いてあった。

 

・夫(もちお)と接触しようとしたがどうしても接触することができない

・墓はあってもなくてもいいし、手元供養でも問題なかった例は数多くある。しかし墓を用意し、供養をする過程で死者が成仏する見込みはあるので今回の例では夫婦二人だけの墓を持つことを視野に入れてもいい

・こちらでも成仏できるよう祈念しておく

・成仏に役立つアイテムを同封する

 

ここまでで便箋いっぱい三枚である。続けて追伸が二枚あった。

 

・先の手紙を書き上げて成仏アイテムを製作している最中に怪奇現象が頻発したので送付が遅れたが、最終的に夫と接触できた

・夫は成仏しておらず、苦しんでいた

・「妻に会いたい、妻にもう苦しんでほしくない」といっている

・成仏すればいつでも会えるしそばにいられると伝えたらやっと安心した

・夫と連絡が取れたので成仏アイテムをそれ用にカスタマイズしなおした

・指南の結果は変わらないので前の手紙はそのまま送る

 

要するに墓は好きなようにしたらいいが、墓があれば夫を偲ぶだろうから夫の供養にはなるだろうということである。

 

おそらくこれを読んだ方の大半はわたしにとってこの手紙の何がそんなにショックだったのかわからないと思う。内容以前に対価を払ってあの世と通信してもらう気が知れないという人もいるだろう。たぶんすべてはプラズマ現象に過ぎないと冝保愛子を糾弾していた大槻教授なんかにシンパシーを覚える方はそうですね。

 

わたしが知りたかったのは墓に関するもう少し具体的な提案だったので、一般論と大差ない回答に肩透かしを食らったような気分でがっかりはした。しかしこのことで打ちのめされたりはしなかった。回答をもらうための料金はけして安くはなかったが、100%一般論が帰ってきたとしても諦めがつくぎりぎりの価格だった。

 

わたしはあの世ある派なので嘘でもいいから気休めになるような言葉がほしいとは思っていなかった。なので「金払ってるんだからもっと気分がよくなるようなことを書けよ」とも思わなかった。言葉遣いの点でいえば端々に人柄がうかがえる、とても丁寧で思いやりのある手紙だった。

 

では何がショックだったかというと、「ご主人は『はてこさまに会いたい』といっている」という一文である。

 

これがもちおの霊ならもちおは「はてこさま」ではなく「はてこさん」といったのを聞き違えたのだと思う。もちおは普段わたしをさん付けで呼んでいた。しかし「会いたい」のか。会えてるんだと思っていたのに、会えてないのか。じゃあこれまでもちおが近くにいると感じたたくさんの瞬間は何だったのか。わたしは別の誰かともちおを間違えていたのか。それどころか、すべてわたしの思い込みだったのか。

 

わたしは常々「もちおは肉体を失ってからも甲斐甲斐しく妻の世話を焼いている」と感じていたが、もちおは成仏しないで怪奇現象を頻発させ霊能者の祈りを阻害するような悪霊になっているのか。ではこれまで幾度となく感じたあの温かく懐かしい気持ちは、安心と愛しさと思い出で泣いてしまった数々の瞬間はなんだったのか。

 

少しはあの世と連絡が取れていると思っていたのに、わたしは何もわかっていなかったのか。もちおと一緒にいると思って生きのびたのに、見える世界でも見えない世界でもわたしのそばにもちおはいないのか。

 

手紙を読み終えてみぞおちのあたりが冷たくなるような思いがした。恐怖と不安と絶望が入り混じった感覚だった。もちおが死んでしまうかもしれないと思っていたころずっと胸にあった気持ちに似ていた。もう、もちおとは、どんな形でも、会えないのかもしれない。お金を払って会ったこともない人に頼んで、伝聞形式でやりとりをしなければならないなんて。

 

衝撃で呆然としながら普段通りの家事をすませた。誰かに話を聞いてほしかったがたまたま電話してきた友人にもこの話はできなかった。いきさつをどうやって説明すればいいのかわらかなかったし、馬鹿げていると言下に否定されたくもなかった。

 

深夜に電話を切ってからひとり冷たいシーツにくるまって手紙のことを考えた。真っ暗な部屋のシングルベッドで、ようやく衝撃が身体の浅いところまであがってきたら泣けてきた。ひとりなんだ。ひとりきりなんだ。わたしはもちおと繋がってはいなかったんだ。

 

「自称霊能者なんて金がほしくてでまかせを言っているだけだ」と思う人もいるだろう。でもわたしはいくつかの理由からこの霊能者が嘘を言っているとは思えなかった。「成仏するために追加料金を」といった話もないので、成仏していないと書いて書き手の得になることがあるとも思えなかった。 

 

もちおが成仏していない。もちおが成仏していない。

 

手紙には「旦那様はいまも悪夢の中にいました」とあった。あんなにも人に尽くして人をしあわせにして、そしてあんなにも苦しんで惨たらしく痛ましい最期を遂げたのに、まだ苦しんでいるのか。少なくとももう苦しんではいないのだと思うことがせめてもの慰めだったのに。もちおが不憫で、そのもちおに何もしてやれない自分の無力さが情けなくてただただ泣けて仕方がない。

 

泣いて泣いて泣き疲れて眠った。どんなに泣いてもどんなに望んでも叶わない願いがあることはこれまでの人生で何度も、とくにここ一年はお腹いっぱい、吐くほど思い知らされている。願えば願うほど苦しくてつらい。眠れただけありがたかった。

 

そして眠りは心を統合する偉大なものである。

 

一夜明けたわたしは我に返って「成仏したというのがどういう状態かはわからないけど、してなかったらわたしに接触もできないってことはないんじゃね?」「だいたいもちおは人見知りだし、スピリチュアル稼業の有名人は毛嫌いしてたし、見ず知らずの霊能者にいきなり呼び出されてもシカトするの当然じゃね?」と思った。

 

つまりこういうことである。

 

もちおは見ず知らずの霊能者に呼び出されたが、誰だよおまえと思ってガン無視していた。呼んでも呼んでも返事がないので霊能者は仕方なく依頼者であるわたしに手紙を書き始めた。「夫は成仏していないので返事がない」「墓を買って供養したらいいかも」。おいおい、人が黙ってるからって勝手なこと書いてんじゃねえぞ。こんなもの俺の大事な奥さんに送るな。もちおははてこに仇する者ははてなブックマーカーだろうが霊能者だろうがをゆるさないので実力行使に出そう。怪奇現象くらい起こしそう。

 

でも根はお人よしで人がいいから、話して情が移ったらいろいろ大目に見そう。この霊能者のおばちゃんも悪い人じゃないな。はてこさんに伝えたいこと?そりゃ会って話をしたいし、もう苦しまないでしあわせになってほしいよ。霊能者「はてこさまに会いたい、もう苦しまないでほしいとおっしゃっています」あー、ちょっと違うけど、まあいいか。だいたい合ってるし、はてこさんわかるやろ。

 

うむ。これならわかる。もちおを知らない人ともちおが話して、もちおがこう言ってましたって言ってきたらこんな感じになるの、わかる。

 

わたしは急速に平常心を取り戻した。そしてその夜、素のもちおをよく知る数少ない知人である妹にこの話をした。妹は霊能者の手紙を読んで眉をしかめていたが、わたしの見解を聞くと「そうだと思うよ」といった。「もっちゃんきっと『ふざけんなよ、このクソ霊能者が!』って暴れたんだと思う」ですよね。もちおはリングの外で人に暴力をふるうことはなかったが、怒ってその辺のものをひっくり返すことはよくあった。

 

「あたしはさ、勝手に思ってるんだけど、あたしがもっちゃんを思い出すときっていつももっちゃんニコニコしてるんだよね」と妹はいった。

「あたしがもっちゃんが近くにいるって感じるときは、いつものあの感じで『もっちゃんほんと尻の穴までみんな見せてしもうてから世話になったね~!』ってニコニコしてる気がする」妹はもちおが息を引き取るまでの一週間病院に泊まり込み、わたしと一緒にもちおの看病をしてくれた。「ニコニコしながら、あの感じでいろいろ冗談いってくるの。あたしがムカついてるときは一緒に悪口いったり」。

 

妹が感じるもちおが元気に冗談ばっかりいっている面倒見のいいあんちゃんであることにわたしは慰められた。

 

「もっちゃんはいろんなところにいってると思うけど、どこにいてもね、もっちゃんにはお姉ちゃんが光って見えるんだと思う。暗いところに光があるみたいに。だから世界のどこにいても、お姉ちゃんがいるところはすぐに見つけられるの」

「あたしが勝手に思ってることなんだけど、もしお姉ちゃんが死んであの世にいって生まれ変わっても、お姉ちゃんの一部はあの世に残るんだと思うんだよね。だからお姉ちゃんが生まれ変わってもあたしがお姉ちゃんに話しかけたらお姉ちゃんに声は聞こえるの」

「もっちゃんは大丈夫だと思う」

 

わたしはいまのところこういう解釈で合っているかどうか霊能者に聞いていない。もしかしたら「いえ、そうではなく生前とはうって変わって」という話が返ってくるかもしれない。

 

しかし初対面の霊能者から呼び出された死者がどの程度の距離感で相手に接しているのかは知る術がない。わたしだったらもちおにしか見せないデレデレした甘えっぷりを霊能者に見せるのは絶対に嫌だ。霊能者に呼び出されたら悪感情はなくても儀礼的な態度で要件だけを伝える。

 

そして「もちおち~!だいだいだいすき~!はてこ死んじゃったからぎゅってできなくてさみし~!でももちおは元気でいてほしいよ~!」とかは、もちおしかいないときに言う。もちおはいつでも誰の前でも「僕は奥さんに首ったけです!」と公言してはばからなかったが、それでも二人きりのときと、人がいる時ではレベルが違った。死者にも恥じらいとプライバシーを伏せる自由はあるのではなかろうか。

 

墓をどうしたらいいかという答えが出ないのもわかる。生きていた間もずっと、もちおはそういう話がからきし苦手だったからな。

はなまるうどんによる啓示

旅先で風邪をひいて薬を飲むためにはなまるうどんに入った。

 

甥太郎が小学生だったとき、もちおが運転する小さな小さな軽自動車で少し離れた町のショッピングモールのはなまるうどんにときどき行った。同じフロアのゲーセンで数百円分ゲームをやって、ヴィレッジヴァンガードを冷やかし、家で待つ甥太郎母である妹にドーナツを買って帰る。あの頃はこれがちょっとしたお楽しみで「はなまるうどんにいこうか!」と提案するともちおも甥太郎も目を輝かせた。

 

どうか甥太郎が無事大人になり、仕事と仲間を見つけられますように。そして甥太郎の背中を遠くで見守りながら、もちおと二人で「よかったねえ、ありがたいねえ」「甥太郎もそんな年齢か。昔はこんなことをしたね、甥太郎はこうだったね」と語り合える日が来ますように。いつもそう願っていた。

 

ありがたいことに甥太郎は無事大人になり、いまでは自分でどこへだっていける。一緒に遊ぶ友達もいるし、そのためのお金も稼げる。もう今日は何があったとうるさいくらいにまとわりついて報告してくることもない。想定外だったのは賢くたくましく面白くて頼もしかったもちおがその日を見る前にいなくなってしまったことだ。

 

大人になった甥太郎が忘れてしまった懐かしい日々のことをもちおと語り合うはずだったのに。

いつか甥太郎も子供の世話をする立場になったら、あの頃のわたしたちのことを思い出してくれるだろうか。

 

かけうどんを受け取って席に着くまでの一瞬でここまで考えてドキッとした。

やばい。これはやばい。

これ完全に子が巣立ったあと残された老女のひとりぐらしの発想だ。

いまから子供が帰る日を夢見てるなんてまじやばい。

 

「連れ合いを亡くしてからめっきり老け込み、会うと昔のことばかり話したがる伯母」になるわけにはいかない。それではあの頃の甥太郎にも、もちおにも、わたし自身にも申し訳が立たない。

 

あと二旗、三旗揚げなくっちゃ。

鼻水垂らしてうるうるしてる場合じゃない。

 

なんとか新章をはじめなければ。

どうやってはじめるかは、わからないけれど、わたしの後ろには愛しい思い出があるのだから、きっと前にだって進める。