結婚は海外移住みたいだと思っている話

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「結婚相談所は費用さえ払えば(学歴、経歴がイマイチでも)も入れます」という趣旨のご意見をいただいた。

誤解されやすい結婚相談所でのあれこれ - 20代で婚活に踏み切ったブログ

 

これは先の記事のコメント欄にあらわれた自称IBJの加盟店中の人もいっていた。しかし某結婚相談所ブログも入会を断る場合があることは繰り返し書いているし、ブコメと婚活界隈の話題をみる限り「お引き取りください」に近い対応をされた人は確かにいる。コメント欄にあらわれた人は昨年度の源泉徴収票を提出してもらうと書いていたから少なくとも収入面で足切りされる人は間違いなくいるだろう。正当か不当かは別として。

 

また「うちは!ご成婚率が高いって!表彰されました!」というTさんの誇らしげなアピールをみるにご成婚率は上がるに越したことはないだろう。ほとんどの結婚相談所は成婚してナンボだしね。「成婚させないで会費をなるだけ長く」はないと思うよ。

 

断られるのは経歴の問題ではなく入会時に相手に望む条件が多い場合だという元結婚相談所関係者の声もあったが、この「釣り合う、釣り合わない」は婚活界隈の基準よな。それを当然と思ってしまうところがわたしが婚活は地獄だと思う理由なんですよ。

 

「結婚相談所にいくのは世間的なステイタスを求める層だから当然だ」という意見もありました。そういうとこだ。そういうところが地獄だといっておるのだ。

 

「結婚相談所はステイタスを求める人がいくところ」という言葉には二重の地獄みがある。ひとつは「結婚はステイタスだ」という前提。もうひとつは「高い金払っても結婚したい人はステイタスを求めている」という前提。これは部分的に正しい場合もあるけれど、本質的には間違いだ。

 

わたしは常々結婚することは海外移住をすることと似ていると思っている。交際は海外旅行ですね。海外旅行いくと世界観変わるじゃん。自分の常識の外に世界が広がってることを思い知らされるじゃん。さらに住むとなったら相当な覚悟がいる。

 

では海外旅行、海外移住する人がみなステイタスを求めているかといえばそうではない。ギリシャに熱狂している藤村シシンさんみたいにその国の歴史や文化にハマっている人もいるし、自国政府から亡命するため危険を冒して海を渡る人もいる。「ハワイくらいいっておかないと恥ずかしい」みたいな人ばかりではない。

 

海外旅行にいきたいひとは海外旅行にいきたいだけなんですよ。でも行き方がわからなくて旅行代理店に頼む人がいるんですよ。結婚相談所にいくひとは結婚したいだけなんじゃないのか。なんで結婚相談所利用者はステイタス屋さんだからステイタスが満たせないと参加しても無駄説が常識になっとるんじゃ。

 

さまざまな理由で結婚を望みながら独身者にあえない状況にいる人たちは大勢いる。いったいどこで彼らが巡り合えるか見当もつかない。「いい人に巡り合いたい、どこで出会えますか」と聞かれても自分の経験からは「ブログはじめてみたら?」くらいしか浮かばない。*2なので「確実に独身者に出会える結婚相談所、いいな!」と思ったんだけれども*3、婚活界隈は適性がないと書類審査落ちとお祈りメールで心を削られる就活生のようなダメージをくらう可能性が高い場だった。

 

繰り返すけれど、結婚相談所はあくまで商売だから店がどういう営業方針で経営するかは店の自由だ。就職サイトと同じようにステイタスで振り分けるのが効率よかったんだろう。実際に会うまで人柄を観察する機会がないからプロフィールで選別しまくるしかない。結果的に婚活界隈は就活サイトと違って年齢、学歴のみならず人種、民族、身体など親兄弟に至るたまであらゆる差別がし放題である。伴侶を選ぶ基準をどう持つかは自由だ。しかしこの差別的な偏見を内面化していくというのは地獄みがある。

 

ひとりだけ、男性向けの婚活本を出した富山の結婚相談所の人が「顔写真を載せるのをやめろ、知人の紹介で出会う場合、事前に写真をくれというか」と書いていたがいたが*4、婚活界隈では顔面偏差値は重視して当然ということになっている。同じルッキズムでも声がいい人、いい匂いがする人が健闘する機会がない。写真写りの悪い人もそうだ。そこで結婚相談所は血道をあげてルッキズムに走る。そしてそこから取りこぼれる人が選ばれないのは当然だと自分を卑下するようになる。また画像を加工し、受けのいいプロフィールをねつ造してマッチングアプリで暗躍する既婚者も登場する。まさに地獄である。

 

誰を愛するかは完全に個々の選択であり、どんな理由で誰を愛さないとしてもそのことを人から責められるいわれはない。誰も自分を愛すように人に強いる権利はない。ただ「年収〇円〇歳、体重〇キロ身長〇センチ、学歴〇の価値はいくら」と値積もりするのが当然という世界に慣れてしまうのは地獄ではないですか。「そうはいってもそれが現実だ」というのは差別の再生産ではないですか。そりゃわたしもありますよ。「身の程知らずもいい加減にしろ」と言いたくなるような話を聞くことは。でも少なくともわたしは気のいいあんちゃん、嬢ちゃんにこうした価値観を内面化してほしくないし、自分でもそういう風に人を値積もりするようになりたくないんですよ。

 

あと「高望み」っていう言い方ね。

 

海外旅行では旅慣れていない人ほど安全安心を求める。インフラが整った国、言葉が通じる国、物価が安く、国民は親切で、もちろん情勢が安定した国。単身でバックパッカーになるより多少値が張ってもガイドがいて保険がついているツアーの方が安心だと考える。価格が釣り合わず、安心できなければいかない。

 

「海外旅行の経験も少ないが個人的な事情で移住したい」と思ったとする。上記のような条件を出したところ「あなたの手持ちじゃそんなツアーは買えない。高望みはやめて身の丈に合う商品を」といさめられた。さて、移住経験がない人が移住先について気を揉む、はたしてこれは高望みなのか。

 

 「結婚決まらない人って結婚する気がないんだと思う」といったら「高望みするから相手が決まらないってことですよね、それは違います。友人は本当に結婚を望んで婚活してますけど、いい人がいなくてなかなか決まらない」ときつくいわれたことがあった。しょっちゅう言われているんだろうなと思った。わたしが言いたかったのは「海外にいきたい」と言いながら旅のプランを立てるばかりで実行しない人と同じように、結婚が決まらない人は経験不足から尻込みしやすく、安全安心の保証を相手の経歴に求めがちだということだ。では経歴が満たされたら安心するのかといえば移住と同じで、実際に住んでみるまで安全かどうかはわからない。怖い目にあうくらいならこのまま独身の国にいた方がいいと思うのは無理もない。

 

わたしは結婚に至る条件は三つしかないと思う。憧れの国を恋い慕う熱愛型、独身生活が危機に陥っている亡命型*5、そして最後に移住のメリットを考慮した計画型。計画型は前者二つに比べて思い詰めていないからたまたまタイミングが合えばすんなり行くけど「待った」と立ち止まりやすく、思い切れない。無意識に結婚のリスクを独身のリスクより高く考えて現状維持に甘んじやすい。こういう人の結婚したいを真に受けてあれこれ世話を焼いてもなかなかまとまらないものだなということが徐々にわかってきた。話が現実味を帯びてくるとかえって怖がらせてしまう。

 

結婚に向いている人ばかりではない。無理して結婚することはない。それはもちろんそうだ。でも同時に一人暮らしが向いている人ばかりではないし、結婚したい人同士が上手いこと出会って仲良くやっていけたらそれはとてもいいことだ。 こう見えてわたしは世話焼きおばさんポジションにいるので上はアラカンから下は十代までこの手の問題についてしばしば相談に乗る*6。もちおを見ていて結婚したくなったという人も一人や二人ではない。家族はいいよ。親兄弟と上手くいかないところで自分の家族を持てて本当にしあわせだった。

 

けどそれはさー、もちおが高給取りだとか背が高くて連れ歩いて自慢になったとかそういうんじゃないんだよー。結婚したときわたし寝込んでたしさー。その後も何年も寝込み続けて医療費とか健康療法ですごくお金かかったけど「家族だから!俺の自慢のカミさんだから!」って大事にしてもらったし、もちおが闘病して衰弱してできることがどんどん減っていったあいだもちおの価値は1円も下がらなかったんだよー。

 

わたしはさー、持病があっても低収入でも、定職がなくて非定形発達でも、コミュ障でもあとなんかいろいろ世間的にはアカンステイタスがあっても、それで家族を持つことに絶望しないでほしいんだよ。そういうハネモモの傷みたいなものがない人なんて本当はどこにもいないんだからさー。

 

まあこれという答えは出ないんだけど、とにかくモテ地獄、修羅婚活の物差しで人の価値を計ってみてもあまりいいことにはならないなという結論は出た。引き続き模索していこうと思います。

 

*1:ハイク婚おめでとう画像

*2:わたしはさるさる日記でもちおに出会ったし、身近で円満な結婚生活を送る友人知人はmixiコミュ、Twitterはてなハイクの趣味コミュニティで出会っており、婚活経験者はpairsとYahoo!パートナー利用者。インターネット万歳

*3:マッチングアプリと緩い街コンで遊びまわる既婚者たちを何人か知っていたのでこっち方面はおすすめする気になれなかった。

*4:男性向けの本は全体的に少ないが、この本は現実的で面白かった。Amazonレビューに「こんなことで結婚できたら苦労しない」とキレてる人がいるのも面白かった。

*5:わたしはこれだった。

*6:男女比が同じくらいだったら紹介できるのにな。

弱者コンテストは経済を活性化しない

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こちらの記事に対して「納税者は生活保護受給者の暮らしに意見する権利がある」といった趣旨の意見が届いた。

貧困問題についてはそれなりの覚悟を持って書いています - 48歳からのセミリタイア日記

 

現状日本の生活保護が「高待遇の福祉」と言えるかどうかはさておき、もちろん生活保護について何らかの意見を持つ権利は誰にでもある。納税していようがいまいが民主主義においてすべての国民は政治に意見する立場にいる。高額納税者生活保護受給者と同じくらい税金の使い道について国に意見していい。言い換えると生活保護受給者には支給金額が不足しているという権利がある。

 

しかし「納税者に感謝しろ」とか「生活保護費の範囲で暮らせ」という権利、また赤の他人の私生活に口出しする権利は誰にもない。一国民として生活保護受給者は高額納税者と完全に対等である。もちろん人権がない人は別ですよ。貴重な税金ですからね、そもそも人権がない人には税金を使う必要はないでしょう。生かしてやりたいほどの魅力がないやつは勝手に死ねと思うとしても仕方がない。しかし生活保護受給者に人権がないと思っているならそれは勘違いである。

 

常識的に考えればわかることだが他人の財布に首を突っ込むのはプライバシーの侵害だ。生活に困窮していると声を上げた生活保護受給者個人に対して「何に使っているのか暮らしぶりを見せろ」「こんな金の使い方は駄目だ」「受給資格を疑う」とおおっぴらに騒ぐ人をよく見かけるが、人の財布に首を突っ込んでいいのは国税局と税理士と家族くらいだ。

 

冒頭の人物は「その金はどこから出ているのか」と書いていた。いうまでもなく税金である。そして税金は国民すべてのものである。国民としての資格を有していれば納税額によらず国に意見する権利がある。国民は納税によって発言権を買っているわけではない。納税しているのだから生活保護受給者の暮らしぶり物申す権利があるというのは幻想だ。生活保護受給者は憐憫をもとめる乞食ではない。

 

たとえば赤の他人でもスポンサーやパトロンなら金の使いみちに口を出す権利はありますよ。株主とかね。条件付きで出資しているわけだからね。しかし納税額を根拠に他人の財布に口出しする権利のある人はいない。生活保護であろうと、医療控除であろうと、障害年金、老齢年金であろうと、受給したものを個人がどう使うかは私的な問題であって他人には口出しする権利ない。

 

生活保護費は医療費同様、国民が互いの命を守るために全員で支えている仕組みである。ある種の病気に罹患した患者を助ける価値があるかどうかを取沙汰した議員がいたが、こうした命の価値の値積もりがどれほど醜悪で傲慢な勘違いなのかは強烈なバックラッシュとともに周知された。しかし生活保護受給者に対してはこうした生き長らえるに値する人物かどうかを審議する資格があると勘違いしている人が大勢いる。

 

「健康で文化的な最低限度の生活」とは何かを議論することはできる。文化的の定義や健康の定義を議論したり生活費の統計を出したりすることもできる。生活保護を支給する条件についても地域格差や経済格差とあわせて考えていく必要がある。

 

しかし受給資格を備えた人物を私生活によって個別にジャッジ権利があると考えるのは最低最悪の思い上がりと言わざるを得ない。自覚があるかないかは別にして、これは命の価値を計る行為だ。

 

ひとり住まいの高齢男性生活保護受給者がデリヘルを利用していることを知った民生委員が「そこは高い」と中洲の大衆店を紹介したという話を聞いたことがある。

 

これが民生委員として適切なのかどうかわからないが、おっさん同士のやりとりとしては人間味のあるエピソードだと思った。高齢の一人暮らしでスキンシップをとる相手をみつけることがどれほど難しいか、それがどれほど寂しいことか、いまのわたしには想像がつく。後年男性は孤独死しているところを件の民生委員の知人に発見された。すぐに見つけてもらえてよかった。死を悼んでくれる人がいて、思い出して笑える話が残ってよかったと思う。

 

生活保護で風俗通いと聞いてゆるせないと思う人もいるだろう。しかし生きていくため切実に必要なものは人によって違う。何が生活必需品で何が贅沢品かを安易に決めることはできない。

 

老齢年金であろうと、障害年金であろうと、受給したお金をどう使うかは個々の自由だ。貧困は選択肢を奪う。貧困からの自由とは限定された選択肢からの自由でもある。すべての国民がこうした自由を手にするために仕組みづくりをしてきたのだ。漫画を買う、孫に小遣いをやる、劇場で映画をみる、デリヘルを呼ぶ。節約生活がしたければすればいい。しかしそれは納税者の顔色をうかがうためであってはならないはずだ。

 

言うまでもなく現状では健康で文化的な最低限度の生活がすべての国民に行き渡っているとはとてもいえない。この現状は変えていかなければならない。そのためにはすでに困窮しているところから取り上げる方法ではなく、あるところから持ってくる方法、集めたものの分配方法を考えるべきだ。

 

これはお涙頂戴のいい子ちゃんなお話ではない。血も涙もない守銭奴として考えたって、何も持たない、消費もしない、ただ生きているだけで納税もしない人より、自由にお金を使える人が増えた方が経済は活性化する。使うお金の出元が稼ぎ出したものであろうと支給されたものであろうと客が増えれば商売はまわる。元公務員の方にはわからないかもしれないが、客商売をすれば客が金を持っている方が景気がよくなることはすぐにわかる*1。金持ちに持たせて与党の花見にまわすだけが能ではない。

 

冒頭の意見をのべた人は「甘んじて乗たれ死ぬ覚悟がある」といった。

 

いまいちばん弱い立場で貧困に喘いでいるのは子供たちと彼らを養う後ろ盾のない母親たち、身寄りのない高齢者だ。すでに生き延びた養うもののない元公務員の中年男性が「貧困を脱したければ働け」「自分には貧困に甘んじる覚悟がある」とうそぶいて何になるだろう。

 

生活保護はね、あたしたちみたいな子供にも年寄りにもシンママにも縁遠くて、困っていることは知っていてもろくにしてやれることがない層、自分のことだけやって生きてればいい層が間接的に人と支えあうためにもあるのよ。保護を受ける人たちを追い出す大義名分を考えるより、自活して元気にそこを抜け出せるような仕組みを作ることを考えようよ。その方が国が、世界が豊かになる。 

*1:冒頭のブロガーは支出を減らしても収入が増えなければ貧困は解消されないということがどうにも解せないようだったが、どんなに節約しても残ったお金が収支を上回ることがないということについて考えてみてはどうか。

はてなハイクと婚活界隈の成婚率

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先日に引き続き婚活界隈のデート作法について考えていたら*1すっかりはてなハイクの思い出話になってとりとめなくしんみりする話。

 

婚活界隈を見ているとしばしば議論になる話題がある。デート会場の選び方、その費用負担、そしてドレスコードである。

 

わたしは長いこと会食の費用は年齢性別に関係なく割り勘か、金を持っている方が奢るのが当然と考えていた*2。なので奢ってもらえなかった女性が憤慨す感覚がわからなかった。

 

また友人と会うときはある程度のプライバシーが保たれていればどこでもいいと思っていた。さらに好きな人なら危険な場所でなければどこでもいい。屋根がなくたって壁がなくたってぜんぜんいい。

 

振り返ってみると思い出のデート上位は真夏の美術館の裏庭、真冬の港の見える丘公園、真夜中の雑木林、星空の運動公園など吹きっさらしの場所で占められている。

 

なので「サイゼリヤで割り勘でもマクドナルドで割り勘でもぜんぜんいいけどな」と不思議に思っていた。

 

服装は、友人知人なら悪臭がするとか不憫になるほどみすぼらしいとかでなければ何を着ていても構わないし、好きな人なら元気でいてくれればおしゃれしてきてくれなくてもぜんぜんいい。*3

 

なので「デートは小洒落レストラン or 小洒落カフェ」「最初のデートの支払いは男性が持つ」「女性はワンピースかそれに準ずるドレススタイル、男性はスーツ」という暗黙の、というより公然と繰り返される婚活界隈のルール、常識には少し驚いた。店を知らない人、デート費用がない人、ドレスコードに合致する服がない人は困るだろうな。大変そうだ。

 

しかし婚活界隈は出される課題をクリアし続けることで優良物件ぶりをアピールする世界だと理解してからはこうした数々のルールには合理性があるのだろうと思うようになった。婚活界隈ではじめて会うのはオフ会でもなければデートでもない。書類選考後の面接なのである。婚活界隈で周知されるマナーは課題であり、それをクリアできるかどうかは実技試験なのである。

 

店を知らなければ調べる、男性はデート資金を(女性は相応のお返しを用意する資金を)貯める、服は買う。これら最低限の課題を達成できない者は日本人のおよそ7割は不合格とされるプロフィール選抜を突破した人物であっても難アリサインが出ていると判断する。お互い一言も交わす前から面接はすでにはじまっているのだ。何しろ高い金を払って貴重な時間を割いてこぎつけた出会いだ。相応の人物でなければ会う価値はない。

 

払った額と出会いの質が比例すると錯覚している人を見かけるが、婚活での対価は自分とその経歴なので金で理想の相手は買えない。婚活データベースはオンライン奴隷市ではないし、風俗でもない。あなたが値踏みする相手によって、あなたも値踏みされているのだ。でも、思っちゃうよね。きっと。「紹介してもらうのにいくら払ったと思ってるんだ」って。だから相手が婚活コードから外れた体裁で出てきたら侮辱されたと思ったり、軽く見られたと思ったりしてしまう。

 

仕事は別として、日ごろ人と知り合うときここまで考えることはそうそうない*4。たとえばオフ会はこうではない。はてなハイクオフなんかとくにそうだった。おしゃれしたい人はおしゃれするし、勘定はだいたい別か会費制だけど、余分に出したい人は余分に出して喝采を浴びたり、奢ってもらってわーいと喜んだり自由である。

 

何分前に来たとか、遅れてきたとか、カラオケでマイクをどのくらい握っていたとか、そもそもほとんど話さなかったとか殴られるまで駄洒落をやめなかったとか、そういうことでフォロワーが増えたり減ったりしない。

 

それでもあんなに小さなコミュニティからほんの数年でハイク婚が何件も出た。人と知り合う点で費用対効果がとても高いコミュニティだった。

 

はてなハイクオフ会は参加条件がゆるい。なにしろ結婚前提で参加しなくていい。それどころかパートナー探しが目的でなくていい。既婚者、彼氏彼女、子持ち歓迎。でもじゃんじゃんカップルが生まれるし、結婚していく。マジで、マジで。

 

ハイクは若きリア充の出会いの場とはほど遠いところだった。既婚未婚老若男女関係なく雑談とネタでキャッキャと引用スターを付け合って*5、日中は家に外に働いて、夜はだいたい早く寝る*6

 

はてなハイクがどんなところか知らない人には何の話かわからないと思うが、わたしもはてなハイクに似たSNSは見たことがないから説明するのは難しい。あえていうならはてはハイクは日常系SNSであった。

 

ダジャレ系のお題に加えて「おはよう」「おやすみ」「いただきます」「今日もお疲れさま!」など日常系のお題に各自が好きなように日々の暮らしを投稿する。映える画像もあるし、映えない画像もある。週末の夜はダジャレ系のお題やボケツッコミ系のお題がゲリラ的に急上昇して消えていく。

 

激しい議論はないではなかったが、主張よりも素の生活ぶりを通して各人の人柄が伝わる場であった。誰かが攻撃されるとやられている側にスターをつけて無言で支援して、ネタで緊張緩和する。深刻な問題や出口のない悩みにも同じようにする。そして何となく日常に戻る。

 

ハイクは虚像を作るには向かないところだった。プロフィールを見なくても暮らしぶりから生活様式も家族構成も食べ物の好みや趣味、苦手なこと、その時々に夢中になっているものやハイカー同士の繋がりがわかった。日常の、素の人柄が伝わるSNSだった。

 

そして人と知り合う上で大切なのは懐事情や宗教観、政治的主張大義名文よりも実態と暮らしぶり、そして人柄ではなかろうか。

 

はてなハイクオフ会の参加者は年齢層も社会的背景も幅広く、趣味志向も多様だった。既婚者も年長者も多かった。だから人が人にどう接するのかを自然に観察することができた。つまりお見合い顔にカスタマイズされたよそいき姿を見なくてすんだ。子供や子連れの親に、新参者や年長者に、若い女の子や青年に、誰がどんな接し方をするのかをありのままに見ることが出来た。たぶんあれが豊かなハイク婚の土壌になっていたのだと思う。

 

筋金入りのサッカーファンハイカーとゴリゴリのジャニオタのハイカーが結婚した。はじめての新年、夫は「あけましておめでとう」と妻に挨拶したが、妻はモニター越しにカウントダウンライブ中の自担に向けて「あけましておめでとう♡」と返していた、という話を夫となったハイカーから聞いた。拗ねる夫を見ながら妻はニコニコして「いまでは彼もジャニーズに詳しくて、自分とジャニーズ仲間が忘れている情報を思い出させるの」と惚気ていた。*7

 

彼がスーツ姿でドレス姿の彼女にかしこまって出会うところを想像するのは難しい。それ以前にこの二人が顔写真とプロフィールの書類選考で互いを見つけ出せたか疑問に思う。そもそも二人が出会っていなかったら他の誰かと結婚したかどうかも怪しい。

 

もちおは数えるほどしか会っていないこの男性のことをいつも褒めていた。彼が大人数のオフ会で幼い子供を連れた母親にそれとなく歩調をあわせ、少し後ろから見守るように遅れて歩いていたのを見ていたからだ。彼と彼女の結婚をみんなが喜び、結婚記念オフ会が京都と東京で開かれた。雨の京都で夫とは別のハイカー男子と荒ぶる鷹のポーズを決めていた新婦と、少し離れたところから真顔で見守っていた新郎を懐かしく思い出す。

 

はてなハイクでは思想や生活レベル、学歴などでスクリーニングしていたらけして知り合うことがなかっただろうと思う人とたくさん知り合った。他のSNSと違ってハイクでは同じ立場、同じ趣味を持つ人同士がさほど固まらず*8互いの仕事や趣味に緩く興味を持ち、散漫に星をつけあった。

 

わたしはブクマやTwitterでは敵陣といってもいい立場の人たちともハイクでは仲良く遊んで家を訪ね合い、食事を共にし、泊まりで話し込んだ。福岡に越して疎遠になってからは遠目でオフ会実況を眺め、何人かに泊まりに来てもらい、ここ数年ではもちおのために祈ってもらい、去年は死を悼んでもらった。ハイカーは親戚より親戚みたいだった。もちおが息を引き取ったあと、わたしはなぜか数回しかお会いしたことのないジャニオタ妻の夫氏に一番に電話をかけた。彼は「もし自分が(妻氏)さんを置いていくのだったらと思うと」と言葉を詰まらせた。妻氏とハイクさよならオフ会で会ったときは泣いてしまった。

 

小学校六年生くらいの、分別はあるけど面白おかしくが大好きで、男女の意識はあるけれど区別が曖昧な、そういう楽しい場所だった。ブログやブクマでズタボロになってもハイクは安全だった。たまに追い掛けて粘着してくるのがいてもハイカーがスターで援護射撃してくれれば怖くなかった。*9要するに先鋭化、過激化しにくく、派閥が生まれにくいところだった。それは同時に自己演出で人気を集めて自己顕示欲を満たすには向かないと言うことでもあり、ビッグスターは生まれず地味で小さなコミュニティのままだった。そしてとうとう今年の春、はてなハイクはてな村のダムに沈められた。

 

婚活界隈では生まれ育ちといった当人にはどうすることもできない社会的背景で対象を絞り込み、漠然とした一般的な価値基準を指標に課題を達成できたかどうかで選別、厳選する消去法が当然のように採用されている。

 

プロフィール検索で身長が1cm、年齢が1歳条件から外れることで出会えない人がいる。年収や年齢、学歴についても同様である。当然だ、理想の相手を絞るために必要で効率的なことだと言う人が大勢いる。

 

しかしこうした条件は当人の人柄を、幸福なパートナーシップを保証するものではない。1000人中999人が除外する社会的な条件の持ち主はたった一人の誰かにとって最高のパートナーになれる素養があってもリングに上がる機会すらない。もしもプロフィール検索でヒットした人だけしか繋がれなかったら、わたしははてなハイカーのうち何人と知り合い、ともに泣いたり笑ったり出来ただろう。

 

念の為にいっておくけれど、これは結婚相談所批判ではない。結婚相談所は商売なので入会金と成婚料が払えて、在籍させることが自慢になるような客を厳選したい*10という気持ちはわかる。あれこれ試してそれが商売として効率がよかったのだろう。ただこの方式から漏れる人たちが自尊心をなくしたり、人を値踏みして居丈高になっていくのはナンセンスだ。

 

わたしはただただ運で結婚したので、結婚を望む男女から「どこへ行けば出会いがあると思いますか」と聞かれるたびに「ご縁があれば」と答えながら実際どこへ行けば彼らは巡り会えるのだろうと長いこと考えてきた。そして例のブログが表に出たとき「この手があったか」と思った。「御成婚率を上げる」という発想も新鮮で、まさに目から鱗だった。

 

けれども婚活本を次々に読破して界隈の話題に目を通すうち、これはとても適正のない人には勧められないと思うようになってきた。わたしが心からありがたく思ったパートナーシップの恩恵は誰にもジャッジされず互いの世界一になれることだ。しかし婚活界隈はわたしから見れば無意味なジャッジの連続、サバイバルの世界だ。なんとかフラグが立つまで無加工の自分を隠し切る。無加工な自分に問題があれば入籍までに加工して間に合わせる。入籍したら一生暮らす予定である。いつになったら息をつけるのだろう。

 

このやり方に、結婚相談所、婚活界隈になじめないことを根拠に「自分は人と暮らせるタイプじゃない」と断定するのはおかしい。それは学校生活に適応できないことを根拠に自分は学ぶことに適性がないと信じるようなものだ。学ぶことに適性があるかどうかと、ある種の学び方に適応できるかどうかは同じではない。

 

モテの話を追いかけていたときにモテ界隈は作法が厳格で地獄だなと思ったけれど、婚活界隈もだいぶ地獄だというのがいまの印象である。これは病みますよ。同じくらい病むジャンルとしてわたしが知っているのは就活と妊活界隈くらいだ。就職はともかく、結婚、妊娠は効率化、合理化は慎重にせなアカンジャンルだと思う。*11

 

ではどこへいけば、何をすれば、自然に互いを観察しながら気まずい思いをせず人と知り合っていけるのか。ここはぜひともはてなハイクを復活させてもらうしかない。少なくとももちおを復活させるよりは容易いはずである。有料でもいいですよ

 

ええ、まあわたしはハイクにはリアル知り合いは呼びませんから身近なところの御成婚立は上がらないんですけれども、日本の御成婚率はきっと上がる。*12それに何しろハイクがあれば結婚していようが、していまいが人生は明るくなるからな。

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婚活界隈で苦戦している人のブログはだいたい似たりよったりなんだけど、結婚した人の話は千差万別でその経過は驚きに満ちている。婚活を経て結婚した人が書く攻略法は似たり寄ったりだけど、東洋経済の「晩婚さんいらっしゃい」という記事にはとても一般化できない話が山盛りである。かわいいお嬢さんたちが痛い目をみるのは絶対に嫌なのでつい危なそうな話を遠ざけたいと思ってしまいがちだけど、いらぬ老婆心で芽生える目を潰してしまわないように心を入れ替えようと思った次第であった。

toyokeizai.net

*1:インプットに対してアウトプットするもちおがいないのでこの話題で言いたいことがたまっている。

*2:父が奢るのが好きな人だったので自分も人にご馳走できるようになりたいと思っていたが、後年自活をはじめて男友達に奢ったという話をすると「女が財布を出すとは」と父は烈火のごとく怒った。自立した女を称揚した母にもこういうところはあって、アスペとしては戸惑う。

*3:自分は可能な限りおしゃれしたいけど!

*4:と、思うんだけど生きることが毎日試験みたいな世界もあるんやろな。

*5:そしてidページで重いひとりごとを言って、スタコメで内緒話をして

*6:そして深夜ハイカーと国外時差組みが夜遊びする。なるほど4時じゃねーの?懐かしい

*7:一緒にライブにいってステージと目があったりしてよさに目ざめたそうです。

*8:サッカーファン、映画マニア、ジャニオタ、スケオタ、バードウォッチャー、お絵かきハイカー、芸大生、芸大生の親(東京芸大オフを何度もやった)、都心の一等地の企業戦士、国費で海外の大学に招かれ働く人、ヘリで山小屋に入って何ヶ月も働いている人もいた。

*9:idページでは書き込みを好きに削除できるという仕組みもよかったし、スターフレンドだけが読めるスタコメもよかった。

*10:いわゆるハイスペはぜひご入会をと各種料金を値引きしてもらえるそうですよ。

*11:例の相談所は一般的に断られるようなプロフィールの持ち主も所長が個別に対応して手組みで縁組みすることがあるとのことだったが、規模が大きくなればなるほどそうした人の暮らしと人柄が見える出会いを繋げることは難しくなるだろう。

*12:過去にハイクを紹介したリアル知り合いのお嬢さんは一人だけで彼女は去年pairsで結婚した。

「正の性欲、負の性欲」目線


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数日前に「負の性欲」という言葉がTwitterで話題になった。発言元のアカウントは凍結されたが「負の性欲」という言葉は野火のように拡散され、noteに記事が上がりはてなでホットエントリー入りしあっという間にWikipediaが作られ、光の速さでウィキペディアンによって取り下げられた。このエントリーは予約投稿しているのでこのエントリーが公開される頃には下火になっていると思う。

 

[B! ジェンダー] リョーマ on Twitter: "より良い子孫を残すため、男を選別し、アウト判定した男に近付かないように、その男に対して抱く強い生理的嫌悪感、それが女の性欲だよ。僕は「負の性欲」って呼んでる。"

 

元アカウントは女性が「アウト判定した男」に抱く強い生理的嫌悪感を「性欲」と呼び「発情している」と表現した。このツイートが拡散されるにつれ「男性に嫌悪感を示すのは性欲」「性犯罪は正の性欲、嫌悪感の表明は負の性犯罪」と大騒ぎする主にアンチフェミ勢と「女性の嫌悪感を一律性欲と断定するのは性差別」「嫌悪感を発情扱いするのはセクハラ」と抗議する人々の間で大騒ぎになった。

 

男が性欲を表明するのは正の性欲で、女が嫌悪感を抱く男性を忌避すると負の性欲。男が性犯罪を犯すのは正の性犯罪で女性が嫌悪感を表明するのは負の性犯罪。嫌悪感の表明は控えめに言って表現の自由の範囲である。日頃表現の自由を錦の御旗にヘイトスピーチでもポルノでもセクハラでも所嫌わず表明させろと騒ぐ層が男性に対する女性の嫌悪感を性犯罪扱いするのはだいぶ不均衡に思える。

 

「なに言ってんだろな」と思いながらサウナでテレビをぼんやり眺めつつどういう意味かを考えていたら発言主が言わんとするところがふいに理解できた。「女がほしい、紹介しろ」という男性に女性を紹介すると「コレジャナイ!」と必要以上に強く対象の女性をこき下ろすことがある。「自分が求めるのはこんな容姿ではなく、こんな年齢でなく、こんな性格の女なんかじゃない!馬鹿にするな!」短くいうと「チェンジ」。

 

うん、これは発情目線といっていいだろう。あるある。感じ悪いよね。相手を人間ではなく性欲を発散する対象として値踏みして一喜一憂する点で「抱ける」と「チェンジ」は表裏一体である。しかしこれはわたしが見たところでは男性の専売特許とまではいわなくてもホモソーシャルのコミュニケーションツールとしておなじみのものではないだろうか。これを「女性がアウトの男性に抱く生理的嫌悪感」と定義して男性が女性を糾弾するのはだいぶ内省、自省が欠けていると思う。

 

当初サウナでわたしが思い描いた光景はもう少しロマンチックなものだった。憧れの彼のために念入りに手料理を用意したところに無関係の男があらわれ席に着こうとする。怒るよね。「おまえではないです」案件だよね。

 

帰宅してはてなをみたらホットエントリーにこんな記事が上がっていた。

「魅力のない男性に対して嫌悪ないし排除を示す」女性は発情してる?~負の性欲という概念~|rei|note

記事内には女性は好意を抱いている相手に拒絶されると好意が薄かった男性への嫌悪感が増すという資料が引用されていた。「おまえではないです」ですね。わかる、わかる。「しかし男性にはそのような傾向はみられない」とあったが、男性もこれ、やりますよ。むしろストライクゾーンを外れた女性への怨嗟を日がな一日何年もつぶやいているアカウントはだいたい男性である。

 

そういう男性は「いいや、男への文句ばかりいっているのは女の方だ」とおっしゃるのですが、女性が怒りを覚えるのは性欲を満たす対象から外れた男性を糾弾するためばかりではない。いうまでもなく性犯罪や性差別やセクシャルハラスメントに憤りを感じるのは女性ばかりではないし、親としてわが子に向けられた差別、家族や友人に向けられた不当なハラスメントにいきり立つことが性欲由来とするのはおかしな話だ。

 

公平を期する点で女性は「負の性欲」を発散しないとはいわない。通りすがりのナンパに対して「低学歴な男に用はない」と言い放った女性などは「性欲」とまではいわないが理想の男性像を基準にそこから外れる男性を糾弾している例だと思う。しかし彼女の基準が身体的、性的な魅力ではなく学歴という社会的な魅力だったことは注目に値する。女性が生理的に強い嫌悪感を示す理由は理想的な性関係が築けるかどうかより、理想的な社会関係が築けるかどうかに比重がかかる。*1*2

 

身体的劣位にあり、妊娠する身体を持つ女性より男性のストライクゾーンが広いのは当然である。女性は心から愛する男性とベッドを共にしたとしても不注意な扱いでびっくりするほど痛い目を見ることがある。AVの真似をするとケガのもとだとどんなに注意されても伸ばした爪で粘膜を出血させる男性は後を絶たず、乳腺の塊である乳房をマシュマロか何かのように揉みしだく描写を好む男性も数えきれないほどいる。話の通じる相手、問題を指摘されて激高したり塞ぎ込んだりしない相手とでなければ困る。もちろん望まない妊娠や性病の危険を配慮できる相手、万が一のとき人生を共にできるか、相手の子供を産んでもいいと思える程度の好意がある相手が望ましい。

 

ではいつも女性は計算づくで相手を選んでいるかといえばもちろんそうではない。恋にはこれらのリスクを「どうでもいい」と思わせるだけの力がある。なので圧倒されるほどの性的、身体的魅力を持った相手にはハードルがぐっと下がる。「ただしイケメンに限る」は現実にある。ただ女性の「イケメン」の定義は男性が思うより社会的な条件が厳しい*3。これはTOKIOの山口が高校生を襲って以来イケメン株が暴落したことなどからも明らかである。

 

一方男性は不祥事を起こした女性がAV業界へ移ってくることを口々に望む。それほど好きではない相手にも興奮するどころか激しく憎む相手をレイプすることすらある。交際、結婚となれば話は別だが、多くの男性が強い生理的嫌悪感を抱く女性とは身体的魅力が乏しいものである。

 

女性が強い生理的嫌悪感を抱く男性には身体的魅力以前に社会的な問題を持つもの、協調性や公共心のなさ、衛生観念の乏しさ、差別的な思想、著しい自制心の欠如なども含まれる。このような場合、見た目がどんなに魅力的であったとしても多くの女性は背景を知ったとたんにドン引きする。身の危険という点で忌避するに値する最もな理由があることも少なくない。と言うより一般的には男の品定めというよりそうした文脈で強い生理的嫌悪感を表明する。

 

これは女性の倫理観が男性より発達しているとか、女性が男性より理性的だとかいう話ではない。単純に危ない男に近づけば自分に加害してくる可能性(または巻き添えで被害に遭う可能性)があるからだ。女性のストライクゾーンが男性より狭いのは生理的、社会的な男女の力関係の不均衡を考えれば当然である。

 

男性はストライクゾーン広めだと社会的に認められ、自ら自負する人も多い。しかし多くの男性はとてもライトに、TPOをわきまえず易易と「チェンジ」発言をする。

 

七歳のとき「おまえなんかお嫁さんにしてやらないからな!」と同級生に言われたことがある。「女としてナイ」と言われたことも一度や二度ではない。どれも色っぽい話の最中ではなく「馬鹿野郎」くらいのニュアンスであった。喧嘩相手が女とみるや問題と無関係の性的な価値を取沙汰する男性はとても多い。

 

また「豊胸手術をしてみたら」「髪型と化粧と話し方を変えたらモテると思う」とさして親しくもないのに増改築の提案をしてきた人もいた。男女の仲なら知人だろうが友人だろうが性的な価値を取沙汰するのは適切だと考えている男性も少なくない。

 

これらはどちらも「性欲」由来の発想であり、ひとことでいえば古式ゆかしいセクハラである。目新しいところは何もない。男性は自分たちが性的にまなざされることに不慣れなので大発見をしたかのように騒ぐが、女性は生まれてこの方ずっとこの調子でジャッジされ続けている。

 

女性が男性に抱く強い生理的嫌悪感にはいろいろな種類がある。身体的劣位にある者が抱く警戒心と不信感を、恐怖とトラウマを一律性欲でくくるのは不適切だ。またジャッジされ続けてきた女性に「男性を選り好みするな」とを糾弾するのではなく、女性を品定めする風潮に対しても「人をセックスシンボル扱いするのはやめろ」と声を上げてほしい。

 

こうした「負の性欲」の発散は男性であれ、女性であれ内内にとどめておくのがマナーである。しかし強い生理的嫌悪感を表明している女性をみるや「発情してる!」と興奮する男性はまず自分の頭の中が性欲でいっぱいだということを正直に自覚した方がいい。人が強い生理的嫌悪感(「そばによるのもいや」「顔も見たくない」)を覚える理由は様々だという事実を無視して「女が男に抱く感情は好意も嫌悪間もすべて本能的な性欲の発露」と決めつけるのは直球のセクハラだからね。

 

 

 

 

*1:もちろん低身長、高脂肪、薄毛、高齢者にチェンジ発言をする女性もいる。しかしこれも性欲由来と言うより隣にいて社会的評価が上がるか下がるかを気にしている。男性と比べて女性のチェンジ発言は身の危険があるのでやり返してこなさそうな相手、やり返されなさそうな場を選ぶので目につきづらい。

*2:言うまでもなく社会的評価だったらおおっぴらに外見を品定めしていいというものではない。

*3:なので社会的なリスクに疎い間はストライクゾーンが広い。善かれ悪しかれ警戒心が強くなるにつれストライクゾーンは狭くなる。

結婚相談所に男性がいない理由がわかった🍑

追記:IBJ加盟店中の人を名乗る方から学歴収入による入会お断わりはないとコメントをいただきました*1。しかし年収500万円未満は要相談という話も出てくる。また大学名まで指定されるセレブ()向け相談所もあるとのこと。

結婚相談所に学歴フィルターはある?無名大学は結婚に不利?

記事中にリンクもあるので参考にしてください。

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結婚相談所のブログが大ヒットしたのをきっかけに結婚相談所と婚活界隈の話題をいろいろ見てみたらモテ地獄に通じるものがあって暗澹たる気持ちになった。

 

2015年にモテブログ界隈とモテ本を追いかけてモテってなに?と考えたことがあったが、モテとパートナーシップは別物らしいというのがそのとき出た結論だった。モテは地獄だから適正がある人以外にはキツい。アスリートの適正がない人が千本ノックとかしたらぜったい身体壊す。きらびやかに見えるけどおすすめしない

 

でもパートナーシップはいいよ!個人的に超おすすめだよ!と言うことで話は終わった。しかしパートナーシップを求める人達を繋ぐ仕事として知られる結婚相談所、婚活界隈って、なんかすごくモテ地獄みがある。なんで。プロと称する第三者の指導が入る分、なんならモテ地獄よりキツい。

 

 

ここ福岡は全国でも有数の独身女性多き街である。父が言うには「福岡でモテない男はどこへ行ってもモテない」。地元の女性も「男性はちょっとした社会人サークルに入ればすぐ彼女は出来る。出来ないなら何か深刻な問題がある」とのことだった。

 

東京からこちらに来てたくさんの若くてかわいい女の子たちと知り合った。誇張ではなく、本当に若くてかわいくまともな仕事に就いている性格のいいお嬢さんたちだ。彼女たちの多くは真剣に結婚を考えている。県内に居住する独身男性が少ないせいか遠距離恋愛も多く、彼氏が県外在住で彼の福岡出張でデート、会いに行くときは有休をとるというケースはめずらしくない。また彼女たちは低身長、薄毛、年の差におおらかである。加えて彼女たちの多くは九州男児に育てられているので交際の仕方にもいろいろとおおらかである。彼氏の親と同居して稼業を手伝うことにも割り合い抵抗がない。

 

それでも結婚にいたる人は少ない。

もちろん結婚相談所に入っている人もいる。マッチングアプリも利用する。紹介も頼む。こうして積極的に動くので交際までは結構こぎつける。でもなかなか結婚にいたらない。

 

こうした立場の弱さゆえか福岡の女の子に尽くされる気持ちよさに味をしめて出張中に遊べる彼女を探す悪質な男も多い。ここまで身を委ねてくれるとは真剣に将来を考えてくれているのだと欺かれ、心身ともに深い傷を負った人もみた。*2

全国的に婚活市場は女余りだと聞くが、婚活しぐさのいろはを見るに福岡女子はかなり好成績を残せそうな子たちが多い。いったい何かアカンのか。

 

だいたい福岡へ来るまでわたしの周りは結婚できない男たちの方が多かった。阿部寛とは似ても似つかないけれども年がら年中彼女がほしいと恨み言を言っているようなおっさんが履いて捨てるほどいた。ああいう人たちと懐深い彼女らは上手いことマッチングせんのやろか。

 

ほいで、あるとき結婚相談所の入会条件みて思ったんですよ。これは結婚相談所、男の人たち不利だわ。結婚相談所は入会時点から弱者男性を切り捨てているんだもの。

 

全国一大きな会員データベースを持っているというIBJは会員を学歴で足切りしているという。そのものズバリの表書きはないが、最低学歴は大卒、あるいは高専、専門学校卒というのが実態らしい。

 

追記:ブコメで参考になるページを教えてもらいました。高卒以下もいるにはいる。

男性会員データ | 日本結婚相談所連盟

 

一方大卒者の割合が50%を超えたのは2000年代に入ってからである。

http://www.garbagenews.com/img19/gn-20191008-20.gif

大学進学率をグラフ化してみる(最新) - ガベージニュース

つまり2000年代以前に成人した人のおよそ二人に一人はIBJに登録できない。

 

入会条件には経済状況もある。これも最低年収や貯蓄額は表書きされていないが、登録条件には定収入があることとある。現在就業者全体における非正規職員の割合はおよそ2割らしい。感覚的には正社員が8割もいるとはちょっと信じられないが、フリーランスや自営業者は枠外ということなのかな。

http://www.garbagenews.com/img19/gn-20190518-02.gif

正規・非正規就業者数の詳細をグラフ化してみる(最新) - ガベージニュース

 

全体の半分を占める高卒以下の学歴保持者がまず足切りされ、就業者のおよそ2割を占める非正規職員が足切りされると仮定する。これで全体のおよそ6割が婚活市場から排除される。残りの4割には既婚者も含まれるので独身かつ結婚願望がある人はもう少し少なくなる。内閣府による年齢別(5歳階級)未婚率の推移のグラフは以下の通り。ざっくり二十代の3割、三十代前半で5割強、後半で7割が既婚者である。ということで、ざっくり3割が独身、かつ入会条件を満たしていると仮定する。

https://www8.cao.go.jp/shoushi/shoushika/data/img/mikonritsu1.gif

未婚化の進行: 子ども・子育て本部 - 内閣府

さらにこの3割のうち婚活にかかる数万から数十万の入会金と成婚費用を用意できる人が結婚相談所に登録することができる。年齢別の貯蓄割合はいいデータがなかったのでわからないけど、入会金、成婚費と交際費、結婚費用の用意でまず三桁はいく。

 

晴れて入会にこぎつけても親と同居して稼業を手伝っていたり、地方在住で地元を離れられない事情があったり、持病があったり、奨学金などの借金、地方暮らしに欠かせない車のローンがある場合は個別に断られる可能性もある。 

 

これは難関だ。結婚相談所に入ればなんて安易に勧められない。思い切って勇気を振り絞って何も知らずに門を叩いて入会断られてダメージ受ける可能性だってある。


血統書つきの犬をブリーダーから買うように結婚相談所に安全安心を求める人の期待に応える点でこうした選別は合理的な面もある。しかし忘れてはならないのはこうした社会的背景による条件は当人の人柄とまったく関係ないということだ。

 

知り合いの美容師は全国展開している有名店のトップスタイリストを辞して店を出したが、不動産屋に紹介された賃貸住宅の大家は美容師には部屋を貸さないといったそうだ。村上春樹は作家だからと家のローンを組ませてくれなかった銀行のことを後生怨んでいる。はあちゅうによると夫のしみけんはAV男優であるあいだ賃貸住宅を借りられないという。壇蜜と結婚した清野とおるは高卒*3で漫画家だが、IBJがこの条件で入会を受け付けるかどうか怪しい。

 

では村上春樹やしみけんや清野とおるは結婚に不向きかといえばそうではない。ただ婚活市場の価値で測るとに大きな店には並べられないということである。

 

もちろん商売だから保管料が払えないとか、置いても在庫になるような商品は置きたくないという気持ちはわかる。相談所の自慢になるような経歴の持ち主を厳選したくもなるだろう。しかしこうした条件は良好なパートナーシップを生む可能性とはぜんぜん関係ないと言うことを忘れてはいけないし、これで自分や他人の価値を測ると少な目に見積もって世の中の7割の人が欠陥品に見えてくることになる。

 

結婚相談所界隈のこうした社会的背景にまつわる条件の厳しさは特に男性に向けられているようだ。

 

女性は若くて健康なら低学歴、低収入、家柄によっては家事手伝いでも店に置いてもらえる可能性はある。一方男性は若くて健康で気のいいあんちゃんでも高卒で自活して親の借金を返しながら兄弟に仕送りしていれば門前払いにされる可能性が高い。たとえばプロボクサーとしてファイトマネーの不足を土方で補い、弟妹の学費と親の生活費をせっせと補填していたもちおは婚活市場では無価値ということである。

 

晴れて婚活市場に参戦できた3割のうち男性は仕事で結果を出して貯蓄が増えれば年齢が上がっても機会が開けることがある。しかし女性が同じように学業、仕事と励んで一段落したところで入会金、成婚料、結婚資金を貯めて婚活市場に出てくると初手から形勢不利になり、職種によっては長く続けられる仕事があることそのものがネックになることすらある。

 

地獄〜。なんか無駄に挫折感味わわされることの連続で地獄〜。そら心折れるわ〜。

 

常々婚活界隈のモテ仕草指南には一理はあるけど二理はないと思ってきた。しかしこうして入口から数々の選抜をくぐり抜けた人たちによって形成されたコロニーだと思うと納得がいく。自分を叱咤激励しながら次々に繰り出される数々の条件、不条理な課題をいかにパスできるか。それが有料物件としての資格なのだろう。

 

こうやって考えてみると「仲人の言うことを聞け」とは「先生の言うことを聞け」にも似ていて、件の仲人さんが学生時代優秀な成績を納めていたという話ともリンクする。たぶんTさんは塾の指導員としても素晴らしい成果を発揮しただろう。実際婚活本は受験対策本にとてもよく似ており、傾向と対策に満ちている。Tさんのテキストは楽しい。楽しいがお受験本である。受験は合格するためのものであって、学ぶことを楽しむためのものではない。婚活とは入籍という国家資格を手にするための試験なんじゃないかと思えてくる。そうか、婚活ブログでしばしば目にする学歴比較をするように互いを値踏みし合うスタイル、あの山のようなプライドの高さは選抜を勝ち抜いたという自負から来るのか。

 

先日出雲大社へいったとき、この夏結婚したという台湾人のレズビアンカップルと出会った。「日本人はいい縁が欲しくて出雲大社へいくんでしょ?それなのにどうしてみんな同じ髪型、同じ服装なの?」と彼女はいった。「これじゃ神様は誰とくっつけても同じだと思うんじゃない?」

 

 

青果市場にハネモモと呼ばれる桃がある。傷がついて市場に出せない桃、売出しラインからハネられた桃のことで、これをとても安く売っているのだ。

 

言うまでもなく味は遜色ない。もともとはうやうやしく箱詰めして出荷する高級な桃だからそれはそれは美味しい。山梨にいたとき、このハネモモを買うのが楽しみだった。親族にもいくらか送ったが、いまだにあんなに美味しい桃は食べたことがないといわれる。しかしブランドイメージを守るためか、桃はデリケートで傷がついたまま流通させられないせいか、市場には出回らない。

 

婚活市場からハネられた7割の中にも美味なハネモモのようなひとがたくさんいるだろう。ハネモモ同士が「この傷があってよかった、おかげで手が届いた」と喜びあえる世界であってほしい。

 

傷があるからダメだとか、傷物で妥協したくないとか、市場にも出せないような代物だとか、そういうまやかしに引っかからないで桃は美味しいと感じられる世の中になってほしい。青果市場はどこにあるのかという問題もあるけど、まずは桃の木を探すことではないかな。まだ熟してないかもしれないしね。

*1:信頼しろという話で捨て垢じゃ困るよな

*2:これとか。黄昏流星群おやじ - はてこはときどき外に出る

*3:※追記:進学校出身で大学時代の描写はあるから大卒なのではという意見も。